296話 「誤認とギャップ」(大公視点)
茜色の空に、突如として黒い霧が立ち上った。
それはまるで――何かが息をしたような、不気味な揺らぎだった。
だが、その異様な光景はほんの数秒で霧散する。
後には何事もなかったかのような、美しい夕暮れだけが残された。
……だが。
あれを見た者の胸に、不安だけが確かに残る。
私は愛おしげに霧を見つめていたあの子に視線を向けた。
幼子たちに笑いかけるあの子の優しい瞳に、一縷の希望を込め私は足を向けた。
ジャリ、と小石が鳴る。
私は、ゆっくりと彼女たちの傍へ近づいていく。
小走りで先に戻ったディーが声を掛けていたらしく、私たちの姿を視界に入れた子供達は先程よりも背筋を伸ばしこちらに向かって頭を下げた。
あまり近づきすぎると緊張させてしまうかと、威圧感を与えぬようにと少し手前で止まり声を掛けた。
出来るだけ威厳を消さず、子供が萎縮しない声を意識して――
「私はこの国の大公の位を預かっている、エーベルト・ド・セリーヌだ。
可憐な君の名前を聞いてもいいかな?」
私の前で頭を下げていた可憐な子は、美しい姿勢で優雅に見える動きのボーアンドスクレイプを披露した。
「お初にお目にかかります。
オーラシアン王国、ストーティオン伯爵家嫡男ミハイルにございます。
まずは、この度の無礼をお許しください。
正規の手続きを経ず貴国へ立ち入る形となりましたこと、深くお詫び申し上げます。」
あぁ…やはりそうだったのか
こんな可憐な少女にしか見えない子が――
「君が彼らの言う件の貴族子息なのだね。
…無事でよかった。」
私の言葉に側に居たディーが目を丸くして私とストーティオン子息を交互に見返している。
「え…イル嬢って男?…嘘だろ」
息子の言葉に私は口端が上がりそうになり抑える様に息を吐いた。
「わが国で起きた事件に巻き込まれたようで、大変な苦労をかけた。申し訳ない」
「お心遣い、感謝いたします」
私の声掛けに彼は頭を下げたまま丁寧に答える。
「大公様に、二つお願いがございます」
「申せ」
その言葉を聞いて初めて彼は視線を上げた。
そうして後ろに居た幼子二人の手を取り私の前へと導いた。
「私がこの国で保護した子らを、それぞれの家までお送りいただきたく存じます」
次に背後に佇む執事服の男に視線と手を向けて私に紹介をする。
「そして――私が誘拐された折、盾となり、ここまで逃がしてくれた彼が、主家から罪に問われぬよう、ご配慮をお願い申し上げます」
後ろに控えていた執事は静かに一礼する。
その姿を見て私は直ぐに返事が出来なかった。
ワイバーンに誘拐され見知らぬ地に降りて
数日でこの子息は守るべきものを見定め守っている。
我が息子より随分幼いのに、しっかりと私と受け答えできる胆力と礼儀。
このような貴族が居るとは…
我が国の貴族たちにも見習ってほしいものだ。
「子供たちは責任をもって送り届けよう。
その執事についても、罪に問われぬよう取り計らう」
「ご配慮、深く感謝いたします」
私の返事に顔を綻ばせて微笑む彼は、着ている服も相まって、とても子息には見えぬ可憐さを纏っていた。
幼子達の頭を撫で「良かったね、お家に帰れるよ」と掛ける言葉も、他人を思いやる優しい言葉だ。
「私からも少し頼みたいことがある。」
私の言葉に、幼子達との会話を止め、こちらに向き直ったストーティオン子息はまっすぐ私に視線を向けた。
私も視線を合わせ話を続けた。
「君を迎えに来た者たちから、この国で起きている事は聞いた。
我らの目の届かぬところで、看過できぬ事態が進んでいたようだ」
「だが、未だ調査も十分ではない。
湖の異変を察知し、先にここへ赴いたが、今度は魔族の出現だ」
私は大きく息を吐いた。
「事態の全容は、いまだ掴めていない
――君たちが知るところがあれば、聞かせてもらいたい」
そう言った私の言葉を受け取った彼は、瞳にはしっかりとした意志を宿し答えてくれた。
「この子達が笑って暮らせるようにするためであれば、微力ではございますが喜んでご協力致します」
そう言った彼に幼子達が抱き着いた。
その微笑ましい様子を確認してから冒険者の二人にも声を掛ける。
「S級冒険者の君たちにもこの件について協力を頼みたい」
エルフの彼が一度幼子達に目を向けて、こちらに向き直ると目を細めた。
「子供が被害にあう姿は見たくありませんからね。ご協力致します。
ただし私たちは高いですよ」
エルフ男性の言葉を聞いて、獣人の彼も言った。
「嫁さんが言うなら協力しよう」
「助かる」
そう返事をしてくれたので安堵した。
そうして今度は先ほど話しかけてきた男女に目を向ける。
「聖女の弟子の貴女にもお願いしたい。構わないだろうか?」
「アタシ達は…冒険者ギルドで依頼を受けてこの国に入りました。
そうしたら、捕まりそうになりここまで逃げてきました。」
「捕まりそうに?何の依頼を受けていたのか聞いても?」
「浄化の依頼です」
内容を聞いて…クズハレス男爵の事を思い出す。
無理やり養子縁組をして浄化をさせていた…
それと同じような事が他家でも違う形で起こっていたと――
「また…知らぬところで別の事が起こっていると言う事か…」
私は大きく息を吐き、彼女たちに向き直った。
「せっかく受けてもらった依頼をそのような形になってしまい申し訳ない。
では、その依頼を私が出したことにしよう。それでどうだろうか?」
聖女の弟子は隣の男に目線を向けて頷き合うと、
「まぁ、失敗判定が付かなければ問題ないです。
この国から逃げて来た妖精達の為に協力します」
そう言ってくれて安堵したとたん、一人の少年が聖女の弟子に向かって怒鳴り上げた。
「おまえ!俺にも確認取れよ!今回俺もパーティーメンバーなんだからな!」
威勢のいい少年は、ストーティオン伯爵子息と変わらぬ年齢に見えた。
様子を見守っていると、
「グレードっち問題ないでしょ。だって妖精見えないけど好きじゃん」
「うるせー!妖精の行動は面白いが!そうじゃない仲間の意見の確認は取れと言っているんだ!馬鹿ミホ!」
ミホ…それが聖女の弟子の名か。では…他の者は…そう思い口を開くと
「聖女の弟子と聞いたが?」
「聖女の弟子でミホ、宰相付き文官の彼は山田、公爵家の息子で良かったっけグレード?」
「冒険者で良いんだよ!要らんこと言うな」
私の視線は威勢のいいグレードと言う少年で止まってしまった。
「公爵家…子息…」
私の呟きに観念したか「あー…」と言葉を漏らすと背筋を伸ばすと、
先程までの砕けた空気が、ぴたりと張り詰めた。
彼は――別人のように、礼を取った。
ストーティオン子息の優雅な動きと同じようにボーアンドスクレープの礼をした。
「お初にお目にかかります大公閣下。
私オーラシアン王国筆頭公爵家、ミヤノマエ家5子、グレード・ミヤノマエでございます。
現在は友人であるストーティオン伯爵令息の迎えの為この国にまかり越しました。
公での入国ではございませんので、冒険者グレードとお取り扱い頂ければ幸いです」
先程の荒い印象とは真逆のカチリとした、貴族の礼儀正しさを出し、表情も貴族特有の感情の乗らない表情を瞬時に作っている。
末恐ろしい子供だな。しかも公爵子息が冒険者として他国に来るなど…
オーラシアン王国の貴族教育とは、いったいどうなっているのだ――。
この件が収束した暁には、我が国の貴族教育も改めねばならぬ。
そう、静かに決意した。
この小さな決意が、やがてセリーヌ公国の貴族制度を大きく揺るがすことになるとは――
この時、まだ誰も知らない。
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