292話 「不穏分子」①
◆(大公視点)
騎馬で乗り付けた湖の周りは幾人もの見た事のない者たちが、我らを遠巻きにしながら居た。
その者達に知り合いがいたらしく、S級冒険者パーティーの二人が寄って行ったので、私は湖の方に進んで行った。
湖面はとても静かだ。波紋一つなくただただ何も存在していないような感じが恐ろしく、湖に向かって片膝を付き祈りを捧げる。
「水を統べる精霊王カイナール様
先ほど御身の住み処たるこの湖に異変が起きました。
カイナール様のご無事をどうか我々にお見せください」
私の後ろで一緒に来た騎士達も祈りを捧げるが、湖の水面は揺れずただ湖面は時間が止まったように静かだ。
私は先ほどよりも声を張り、もう一度祈りを始めた。
「水を統べる精霊王カイナール様―――」
「カイナールさんなら先ほどお友達の所に出かけましたよ」
唐突にかけられた声の内容を咀嚼し、祈りのポーズを解き怪訝な顔で振り向いた。
そこには頭部が黒く毛先が茶色い珍しい髪色の女が立っていた。
私は立ち上がり、女性に問いかけた。
「なぜいないと言い切れるのだ」
女は横の男に困ったように顔を合わせると、男の方がこちらに会釈をして話しかけてきた。
「先ほど精霊王・カイナール様から直々にお声を掛けていただきました。
会話の最中に、焦ったようにあちらの山をみて、
ご友人が居なくなったと焦っておられたので、私たちが送り出しました」
男が指さしたのはグレンファルド山だった。
あの山に向かった?
水の精霊王が?
火の山に…
それは自殺行為ではないのか…
私は水を被ったようにぞくっと一瞬で身体の熱が奪われるような恐怖に襲われた。
精霊王が居なくなれば、この国は終わる。
水は枯れ、土地は干上がり、
やがて隣国のように――砂に沈む。
そんな…
そんな…
――その時だった。
緊張に張り詰めた空気を裂くように、
背後から場違いな笑い声が響いた。
ゆっくりとそちらに視線を向けると、冒険者のエルフが嬉しそうに拍手をしている姿が目に入った。
「似合う!凄く強い令嬢って感じだよ!イル君」
イル君と呼ばれた少女は照れながら微笑み、足元に居た幼子たちにもほめそやされている。
「あはは……」
「おねーちゃん綺麗ねー」
「ねー」
その光景に、胸の奥がわずかに痛んだ。
もう戻らない、何かを思い出させるようで―――
―――――
◆(ミハイル視点)
僕は黒のロングブーツの踵を上げて動きを確認しながら、愚痴をこぼす。
「あはは…スカートから解放されただけでも良いか…」
僕の零した愚痴にレドが苦笑する。
先程ササさんから渡され、来ている服は全部女性ものなので、似合うようにまだウィッグは外していない。
もうお爺様たちと合流するまでこのままでいこうと腹に決めた。
すると横から声がかかった。
「君にはスカートのほうが似合うと思うけど?」
「あ、ありがとうございます…え?誰?」
声がした方向に視線を向けると、そこには木にもたれかかってこちらを見ている男の人が居た。
いつそこに人が現れたのか…自分の気配察知にも今の今まで引っ掛かりもしなかった。僕は注意深くその男性を見た。
赤ワインの様な深い赤い髪をし、すらりとした手足に程よい身体つきの男性。
切れ長で鋭い眼も美しい赤。
綺麗なその目に見入っていると―――その瞳が細められ口は弧を描いた。
その表情は笑っているはずなのに、笑っているように見えない引っかかりを覚えながら、目を逸らさずいると、
「うーん。まあ通りすがりにかわいい子が居たから声かけちゃった」
そう言うと、僕に向けていた視線をゆっくりササさんにも向けて意味深な視線を向ける。その視線には多分に大人の色気というものを含んでいるような気がする。
「でも君は可愛いけど、あなたは綺麗だね~」
視線を向けられたササさんはすぐに僕を抱え、にこりと無言で微笑み返す。
気が付くと、その男性の後ろにはゴゴゴゴゴという闇を背負うガルーダさんが居た。男性の首には大きな大剣の刃が突き付けられている。
視線を向けただけで嫉妬?
声かけただけでやきもち?
アワワワワ!怖い!怖すぎる!!
僕がある意味ドキドキしていると、
「でも~厄介な護衛が居るのは残念」
一切怖がることをせず、飄々と肩をすくめた。
そんな男を今にも首を落としそうなオーラを放ちながら、ガルーダさんは忌々しそうに言葉を漏らす。
「分かっていて声を掛けただろう――」
「―――魔族。」
その一言で、空気が凍りついた。
僕を抱きしめるササさんの表情は硬く、レドとジョスさんは子供達を守るように背にかばう。
ディディー様の前にも騎士さんが立った。
「フハハハハハ。
さすがぁ~S級のガルーダ。
上手く化けたと思ったのになんで分かったの?」
美しい真紅の瞳が細められ、首に突き付けられて刃を恐れることも無く笑う。
「お前からは臭うんだよ。
錆の効いた血の匂いだ」
ガルーダさんの言葉に、何か思い出しているのかポンポンと自分の頬を指で叩き、思い出したように笑った。
「あー、朝一人喰ったからそのせいか。
あの子供、自分が喰われるって分かった時の恐怖に歪んだ顔が最高だったよ~」
魔族の表情は恍惚としていて、全身に鳥肌が立つ。
身体が震えるほどの恐怖を感じ、抱きしめてくれているササさんにしがみ付いた。
「洗浄魔法かけてるのに分かるのは流石獣人。良い鼻をしている」
鼻に皺を寄せてうめくように告げるガルーダさんの言葉を、男は拍手をして賞賛する。
僕はササさんに抱え込まれて守られながらも、サーッと血の気が引いていくのが分かる。
「あー自己紹介しておこうか?」
「要らん。すぐに消える奴の名前など覚える気も無い」
ガルーダさんの言葉に、おどけながら両手を軽く上げ、降参ポーズをとると、
「あらら~お姫様に手をだしたりしないよ?
だってあの綺麗な子、大きい光が守護してる。面倒なんだよねそう言う子って」
魔族は首筋に剣を当てられているにも拘らず、話しながらくるりとガルーダさんに対峙するように態勢を入れ替え、彼の目を見ながら言葉を区切るように、わざとゆっくりと告げる。
「触るだけで手がただれるし」
「喰ったら胃が荒れる」
「だから、僕は光以外の精霊に好かれてる子供が好きなんだ。
魔力が高いし、肉も柔らかい。恐怖で歪む顔も可愛いんだよ?知ってる?」
魔族は楽しそうに話すたびに、ガルーダさんの表情は険しくなる。
ササさんも僕を抱えたまま魔族を睨み、小声で詠唱を始め僕やジョスさん、子供達を覆う結界を張ってくれた。
結界の中にディディー様を入れているのは戦力にならないからかな…
バッチン
直後、チッっと舌打ちが聞こえて魔族に視線を戻すと、先ほどまで笑顔で話していた男の顔から表情が抜け落ち、手を軽く振っている。
「―――余計な事を」
そう漏らした男の顔が、ひび割れた。
次の瞬間、男の皮膚がパリパリとひび割れ
パラパラと剥がれ落ちていく。
剥がれ落ちた皮膚の下から、生々しい肉の色が滲み出す。
やがてそれは、ターちゃんの様な淡く綺麗なうす桃色に比べても遥かに濃く禍々しい、ピンク色へと変わった。
頭部には黒い羊の角の様な巻き角が生えた姿が露わになった。
――これが、魔族。
その姿に、僕は息を呑んだ。
僕の視線に気づいたのか、魔族はニタリと笑う。
「その子、今日の僕のディナーにしよう。
――待っててね、かわいい子」
次の瞬間。
ガルーダさんが剣を振り抜く。
けれど、その刃は――何も捉えていない。
魔族の姿は、かき消えていた。
「……いない?」
視線を巡らせる。
どこにも、いない。
――なのに。
背筋を撫でるような、あの視線だけが
今も、確かに張り付いている。
「……っ」
胸の奥で、何かがじわじわと冷えていく。
逃げたんじゃない。
あれは――
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