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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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35/223

35 終了だ、終了!

硝子越しに広がる砂漠は、月灯りに淡く照らされ、昼間とはまるで別の顔を見せていた。

白銀の光が砂粒を一面に散らし、どこか静かすぎて不気味でもある。生き物の気配が一切感じられず、まるで死の世界へ迷いこんだのではないか――そんな錯覚すら覚える風景だった。


日中に焼きつけられた熱はすでに地表から逃げ去り、夜明け前には氷点下を大きく下回っていく。

砂漠の中央に行くほど寒暖差は過酷さを増し、なんと100度を超える差が生じるらしい。世界でも類を見ない、荒々しい大地だろう。


というものの、快適な温度が保たれた車内は、外の環境とは別世界だ。

運転席にはいつもの通り、でっぷり親父がどっしり座り、最前列の席ではバスガイドが毛布を羽織って小さく身を丸めている。


AI制御のバスは砂漠都市を出てすでに1時間。

風で削られた砂丘が波のように連なる中、車体はゆっくりと旋回を繰り返しながら進んでいた。星の位置を確認するまでもなく、これは意図的な旋回だ。


最高司祭のクエストに従い、私は移動都市グラングランへ向かっているはず。

進路を割り出して合流ポイントを定めれば、本来はこんな無駄な旋回など必要ない。

なのにどうして――真っ直ぐ行かないのかしら…


気になり、私は運行AI・北冬辺へ確認しようと立ち上がり、前へ歩いていくと、仮眠していたバスガイドが気配に反応し、まばたきをしてこちらを見上げてきた。


「三華月様、何かお気づきになりましたか?」


「先ほどからバスが微妙に旋回を続けているようです」


「バスが…旋回を?」


「ええ。その理由を伺おうと思いまして」


「え、全然気づきませんでした…確認してみますね?」


驚いた様子で立ち上がったバスガイドと共に運転席を覗くと――

そこには、ハンドルを握ったまま耳障りな寝息を立て、気持ちよさそうに熟睡しているでっぷり親父の姿があった。


「ああ、またですか…」

昼間と変わらない、安定の光景だ。

運転手おまえという存在は、本当に私を裏切らないメタボだな と心中で毒づく。


バスガイドがそっと起こそうとした瞬間、私は先に親父の襟を掴んでいた。

バスガイドは目を丸くし、慌てて声を上げている。


「三華月様、五位堂さんをまた投げ飛ばすおつもりですか!」


「はい。運転席を譲っていただこうかと。起こすより迅速ですので」


笑顔で返したのに、バスガイドは引きつった顔をしていた。

うむ、私の次の行動が読めているらしい。

その予想どおり――寝ている運転手をひょいと持ち上げ、後部座席へ放り投げていた。


「きゃああ!」

悲鳴を上げたバスガイドが、慌てて親父の安否を確認に走っていく。

もちろん、頭から落ちないよう加減はしてあるので死にはしないだろう。これもはや定番だ。


空いた席にすっと座り、私は進路変更の理由を北冬辺へ問いかけた。


「北冬辺、質問があります」


「はい、なんなりと」


「まず、移動都市グラングランへの予想到着時間を教えてください」


「実はですね…追跡は続けているのですが、このままでは追いつけない可能性が高いと見られます」


直後、フロントガラス前に立体フォログラムが浮かび上がってくる。

砂漠全体を俯瞰した地図に、バスの光点と矢印が描かれ、さらにグラングランの予測ルートが伸びていく。


移動都市は、まるで私たちから逃げるように海上へ向かっていた。


なるほど。これでは確かに追いつけないだろう。

北冬辺は続けて言う。


「過去に移動都市が海上へ出た記録はありません。闇金から逃げるが如く、逃亡を図っているものと推測します」


その例えはどうなのかしら。

私が取り立て屋みたいじゃないか。

どうせなら、現場叩き上げの凄腕美人刑事から凶悪犯が逃げ回っている――くらいの方が私らしいのに。

まぁ、どうでもいいか。


ともあれ、これでクエストの失敗はほぼ確定的だ。

後部からは、いつの間にか戻っていた運転手が「うう…」と唸っている。

状況が理解できていないらしい。理解しないまま唸り続けて一生終えてほしいものだ。


一方でバスガイドはしっかり状況を把握しているらしく、そっと挙手して質問してきた。


「追いつくのが難しいのでしたら、三華月様をグラングランへ転移させれば良いのでは?」


ほう、機転が利くではないか。

ただ、バスが私を転移させた距離は50mであった。

つまり転移には制限があるはず。念のため北冬辺に尋ねてみた。


「北冬辺、転移の最大距離は?」


「私の限界は300mです」


「300m、ですか」


「はい。三華月様をここから移動都市へ飛ばすのは不可能です」


…はい、終了ー。終了だー!

皆様お疲れ様でした。

奴隷解放はいつかやらねばならないが、どうせなら神託に従い信仰心も稼ぎつつ華やかに遂行したい。

信仰に関係しない努力は基本後ろ向きなのが私という聖女である。


後部座席に戻ろうとしたその時――運転手が叫んできた。


「北冬辺!諦めたらアカン!絶対追いつくんや!」


「……」


「お前、プロやろ!ほんまに最大限努力したんか!」


「……」


「このままやと乗客の期待を裏切ることになるんやぞ!」


唐突に男前なことを言い出した。

その運転手を熱っぽく見つめるバスガイドの視線の方がよほど気になったが…あのボディなら男は寄ってくるだろうに、ダメンズ好きなのか?


運転手の叫びに、北冬辺が急に呼応する。


「悔しいですよ!高速道路さえ利用できれば追いつけるのですが!」


「なんや、その高速道路っちゅうのは?なんで利用できへん?」


ああ、始まった。不毛な会話だ。

高速道路は権限が必要で、北冬辺は持っていない。ゆえにクエスト失敗確定。


座席に戻ろうとしたところで、バスガイドが私に尋ねてきた。


「三華月様、高速道路とは何なのでしょうか?」


「古代文明で使われていた道路です。迅速な交通を目的に作られたものですよ」


「さすが三華月様…最強で可愛いだけでなく、博学なのですね!」


「ええ、その通りなのですが…正面から褒められると少し照れてしまいますね」


「では、三華月様ほどの聖女様なら、高速道路が利用できたり?」


「はい。もちろんです。ETCカードさえあれば利用可能です」


「三華月様、そのETCカード…お借りすることはできませんか?」


「…………」


やってしまった。

乗せられて、余計なことを言ってしまったのであった。


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