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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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14/222

14 猛獣みたいな扱いをされている

――ここは地下第4階層。


地上の森よりもなお豊かで、にもかかわらず、どこか現実から切り離されたような、怪異じみた静謐が支配する空間だった。

一帯の中心には巨大な地下湖が横たわり、その水面を見下ろすように、天井一面へ散在した鉱石群が白く輝いている。

湖畔沿いに延びているのは、踏み固められた土の道。


魔物の気配が、ない。

それは、ついさきほど先行パーティがこの一帯を掃討して通過した直後だからなのか。

静寂は確かにある。あるものの、それは安堵を与える静けさではない。嵐の直前に訪れる、あの不自然な無音に酷似していた。


湖の反射光の向こう。

道の先に、ふっと人影が浮かび上がる。


共闘の約束を交わしていた、指揮者パーティ――5人。

横一列に近い隊列で立ち止まり、こちらを迎えるでも拒むでもなく、ただ硬直した表情のまま、じっと観察してくる。その視線には、歓迎も警戒も、どちらとも取れない曖昧さが滲んでいた。


だが、ひとつだけ明確におかしい点がある。

防御特化型の彼らが、私達よりも先に、この第4階層へ単独で到達できるはずがない。


つまり――途中で案内役を得た。

そう考えれば、導き出される答えはひとつしかない。


忍者達。

私達の敵である、あの忍者パーティだ。


距離を詰め、10mほどまで接近したところで、強斥候がわざとらしいほど明るい声を張り上げた。


「こんにちわ……皆さんとは地下1階層で合流する約束だったと思ってたんですけど……えっと、それって、第4階層でしたっけ?」


地下湖を包んでいた静寂が、その声でぱきりと割れる。

指揮者は小さく頷いた。動きは最低限、だが表情は岩のように硬く、何かを必死に隠そうとしているのが、逆にありありと伝わってくる。


強斥候の視線が、彼らの中のひとりへと向けられた。

――“人形使い”。


先日のオリオン攻略の打ち合わせ。その最中、強斥候は見抜いていたのだ。

彼が密かに、固有スキルを展開していたことを。


『COMMUNICATION』。

複数の人形を媒体に、遠隔で会話を行うスキル。聞き取った音声を、そのまま別の人形へ伝播させる。

つまり――私達が交わしていた会話は、すべて忍者側に筒抜けであったのだ。


指揮者達と忍者達が、裏で繋がっていた。

その事実は、もはや否定の余地がない。


質問をかわす指揮者の態度を見て、強斥候は挑発的な笑みを浮かべる。


「もしかして、忍者に命令されて、ここで僕達を待ち伏せしてるんすか?」


指揮者は静かに、しかし整いすぎた口調で答えた。


「我々は、忍者(こうた)さんの副官を務める重戦士に、『足手まといになるので最下層へは付いてこなくていい』と言われました」


「……つまり、僕達を妨害するつもりはないってことですか?」


「もちろん妨害などいたしません。差し出がましいお願いではありますが、私達も一緒に最下層へ同行させてもらえないでしょうか」


忍者達から見れば、4位の指揮者パーティは、ただの荷物に近い存在だったのだろう。

だから捨てられた。

捨てられたからこそ、今、必死に私達へ縋っている――そう解釈するのが自然だった。


実際、美人賢者の評価も、ほぼ同じだ。

戦力としては計算に入れていない。

とはいうものの、敵に回って妨害されるよりは同行させた方がマシ。その程度の価値は認めている。


ただ、それだけの存在。


その冷たい事実は、地下湖の水底へ沈む石のように、ひっそりと、しかし確実に、この場の空気を重くしていった。


————


最下層。


そこは、天井も、壁も、地面さえも、限界まで圧縮された岩盤だけで形づくられた、巨大な“石の胎内”だった。

空間そのものが内側へ閉じ、無音の鼓動を刻んでいるかのような、息の詰まる異質さが漂っている。


光源と呼べるものは、どこにも見当たらない。

それなのに視界は、昼間のように鮮明だ。

岩肌そのものが淡い光を放ち、ひとつひとつが生物の細胞のように、ゆっくりと明滅している。

まるでこの最下層そのものが、生き物の体内なのか――そんな錯覚を覚える光景だった。


着地した岩場は天井こそ高いものの、第4層と比べれば、不自然なほど狭く、閉じた空洞となっている。

湿り気のあるはずの迷宮最深部なのに、鼻を刺す腐臭も、重たい湿気もない。

むしろ乾いた空気が、喉へ吸い込まれるたび、心地よさすら覚えるほどだ。

ここが迷宮の底だとは、にわかには信じがたい静謐さだった。


というものの、その静けさは、長くは続かない。


奥へ進むにつれ、岩場はゆるやかに落ち込む斜面となり――その先から、


「ガァンッ!」

「グオォォォ!!」


岩盤そのものを震わせる戦闘音が、低い地鳴りとなって押し寄せてきた。

耳で聞く音ではない。胸板を、内側から叩き揺らすような振動だ。距離は、かなり近い。


先頭を行く勇者が、その緊張を破るように断崖の縁へ駆け寄り、不意に息を呑んだ声で叫ぶ。


「――あそこで忍者達が、ミノタウロスと戦闘をしているぞ!」


視界が、一気に開けた。

高台から最下層中央を見下ろすと、そこには巨大な影が、暴風のように暴れ回っている。


体長は3mを優に超える、筋肉と獣性の塊。

牛の頭を持ち、怒りを煮え立たせた咆哮が、稲妻のように空気を引き裂く。

ドン、と足を踏み鳴らすだけで、地面がびりりと震えた。


――迷宮主、ミノタウロス。


その周囲を取り囲んでいるのは、複数の忍者達と、B級3位パーティ。

闇と光が交差するかのような高速戦闘が、間断なく繰り返されていた。


忍者達は、まるで事前に何百回もシミュレーションを重ねてきたかのように、位置を寸分違わず切り替えながら動いている。

前へ、横へ、影へ。

攻撃と回避、その切り替えに一切の無駄がない。

彼らの動きは、精密に時を刻む歯車――あるいは時計の針のようで、狂いというものが存在しなかった。


対するミノタウロスが振るう巨大な大斧は、もはや「武器」というより“塊”だ。

振るたび、ブォン、と空気が悲鳴を上げ、衝撃の余波がこちらの頬を叩く。

刃が空を裂く軌跡は白く光り、ただ眺めているだけで背筋が粟立つ。

あれが、A級迷宮の支配者――疑いようもない。


戦況だけを切り取るなら、優勢なのは忍者達である。

重戦士が最前線で大斧の一撃を正面から受け止め、その影に忍者が滑り込み、背後から急所を狙う。

隙を作り、突き刺し、押し切る。

無理のない、堅実そのものの連携だ。


後方では魔導士が長い詠唱に入り、後衛は重戦士の補助に徹している。

ミノタウロスの傷はまだ浅い。とはいうものの、それは戦闘が始まってから時間が経っていないだけの話だろう。


――その均衡が、唐突に軋んだ。


ミノタウロスの斬撃を、重戦士が受け止めた瞬間。


「ギャァンッ!!」


鋭すぎる金属音が空気を引き裂き、重戦士の苦悶が重なって響いた。

斧は重い。

いや、そんな言葉では足りない。

次元が違うのだ。


“防いだ”というより、“押し流された”という表現が正しい。

ズザザッ、と重戦士の身体が地面を削りながら後退し、大地に深い跡を刻んでいく。


――その一瞬。


忍者が影から滑り出てきた。

無音、無臭、無気配。

まるで存在という概念そのものが薄まったかのような、不気味な動きだ。

背後へ現れ、深々と刀を突き立てている。


一撃で倒すには足りない。

だが確実に、体力を削る手法だった。


忍者にはすでに『SKILL_VIRUS』を撃ち込んでいる。

影使いの機能は崩壊しているはず――ものの、この圧倒的な戦闘力は何なのか。

A級魔物をここまで追い詰める姿は、常識外れとしか言いようがない。


忍者が、さらにもうひと太刀を入れた時。

隣で見ていた勇者と強斥候が、思わず声を漏らした。


「――あのミノタウロス。さすがに、もう終わりだろうか?」


「A級相当を圧倒……あいつら、マジで手がつけられないっすね」


……だが。


胸の奥で、じわりと違和感が燻るものの、その理由は分からない。言葉にもならない。

ただ――。

ミノタウロスの動きが、まったく鈍っていなかった。


傷は明らかに蓄積しているはず。

それなのに、筋肉の張りはむしろ増し、地面を蹴るたびに大気が震えている。

どうして、こんなことが起こり得るのか。


忍者が再び背後から刃を突きつけてきた。

やはりと言うか、体力を削られているはずのミノタウロスは、呻き一つ漏らさない。

大斧を振るう力が、体中から迸っていく。


勇者達の瞳に、焦燥と恐怖が交錯した。


「……これは、倒せたのか?」


「いや、耐えきっているっす。あいつ……まだ余裕がありそうではないっすか!」


「確かに。耐えきった、じゃなくて……まだ暴れ足りないって感じだぜ!」


「ほんとにA級相当なんすか、あれ……」


“タフ”などという言葉では片付かない。

再生というより、外部から絶えず力が注ぎ込まれているかのような回復速度だ。

だが、ミノタウロス自身に回復スキルはないはず。

外部からの支援も見当たらないのだが…。


それなのに――。


回復支援を受けているはずの重戦士の肩が、明らかに揺れていた。

胸は荒く上下し、汗と血に濡れた鎧が鈍く光る。

彼の体は、確実に悲鳴を上げている。


「重戦士の動き……おかしくないか?」


「息が上がってるというか……限界ギリギリっす」


「重戦士が崩れたら、一瞬で全滅だぞ」


「魔導士の詠唱が、終わったみたいっす!」


長い詠唱が終われば、次の一撃は凶悪そのもの。

空気が震え、地面が微かに隆起していく。

命中すれば、戦況をひっくり返すどころか、一撃で決着がつく――そんな威力だ。


それを察したのか、ミノタウロスは咆哮を上げ、魔導士を睨みつけ、大斧を大きく振りかぶり始めた。

“”大技“”を放つつもりなのは、誰の目にも明らかだった。


――その瞬間。


重戦士の片膝が、がくりと崩れ落ちていく。


防衛ラインが、崩壊した瞬間だ!

理由は分からないが、荒い呼吸、激しく上下する肩、その全身から滲み出る限界の兆候が、否応なく事実を突きつけてくる。


忍者が影から飛び出し、足へ刀を突き立てていた。

大技を止めるための、渾身の一撃――だが、ミノタウロスは微動だにしていない。

影すら弾き返す、得体の知れない硬度がそこにあった。


――まずい。


大斧が、地面に叩きつけられた。


——————『地走り』発動!


大地を裂き、衝撃波を走らせる悪夢の技。

「バキィィィンッ!!」

破裂するような轟音とともに、大地に亀裂が走ると、白い土煙を引き連れ、衝撃波が魔導士へ迫っていく!


次の瞬間。

魔導士の身体が、亀裂に沿って無惨に引き裂かれてしまった。


轟音と振動が最下層の空洞全体を揺らし、岩盤が波紋のように震え、砂塵が舞い、空気が焦げた匂いを帯びていた。


「ミノタウロスの奴! 魔導士の詠唱を、潰しやがった!」


「重戦士は……どうして止められなかったんだ? 何故、重戦士の方が削られてる!」


「あの大斧……ただの武器じゃない。化け物っすよ!」


――大斧?


そうだ。

違和感の正体は、それだ。


ミノタウロスが握り締めている、あの異様なまでに禍々しい大斧。

ただの武器ではない。

表層には“呪いの根”のようなものが絡みつき、複数のスキルが重層的に――付加――されている。


その真相に触れた瞬間、胸の奥が沈み込み、同時に浮き上がるような奇妙な感覚が走った。


――――スキル『真眼』が、静かに開く。


世界の色が、ひとつ塗り替えられる。

霧が剥がれ落ち、大斧だけが淡い燐光を帯びて浮かび上がる。

刃に刻まれた呪紋が、一つ、また一つと鼓動のように脈打ち始めた。


流れ込んでくる情報は、どれも致命的で、救いようがないほど凶悪。


『ライフドレイン』――体力吸収。

『起死回生』――瀕死時の異常再生。


この二つの要素が、まるで蔦のように複雑に絡み合い、深々と武器そのものへ根を張っている。

とはいうものの、一度その仕組みが視えてしまえば、驚くほど理路整然とした構造をしているのが、かえって不気味だった。


ミノタウロスの圧倒的な質量を伴う一撃。

それを重戦士が受け止めるたびに――確実に、何かが削り取られていた。


削られていたのは、鉄ではない。

体勢でも、士気でもない。


奪われていたのは、純粋な生命力そのものだった。


一撃、また一撃。

目に見えない損耗が、静かに、しかし確実に蓄積されていく。

それが積もり積もり、重戦士をゆっくり、確実に死へと追い詰めていたのだろう。


そして、理解が輪郭を持ったことで、もうひとつ腑に落ちる点があった。


ミノタウロスが、攻撃の軽い忍者達を後回しにし、真っ先に魔導士を叩き潰した理由。

あれもまた、極めて合理的な判断だったのだ。


なるほど。

あの怪物にとって、あれが最も効率的な“殺しの順序”だったというわけか。


私は、ゆっくりと視線を眼下の戦場へ戻した。


重戦士は、とうとう完全に動きを止め、膝をついた姿勢のまま沈黙している。

剣は地面に突き立てられ、兜の奥からは呼吸音すら聞こえない。


前衛は、事実上の崩壊。

その背後に晒された後衛は、文字通り丸裸だった。


倒れ伏した魔導士の周囲では、忍者達が必死に走り回り、隙を探っている。

しかし、その動きには焦燥と絶望が滲み、もはや攻め筋はほぼ断たれているように見えた。


どう見ても――

敗北は、すでに確定していたはずだ。


だが、その時。


ピン、と。

張り詰め切った空気を、鋭く断ち割るような声が戦場を貫いた。


澄み切った、凛とした声。

その一声が、沈み切った場の空気を一変させる。


「皆さん、忍者(こうた)パーティを助けに行きましょう!」


美女賢者の叫びだった。


その声には、震えるほど強い意志が宿っており、迷いというものが一切感じられない。

胸の奥に、ぽっと小さな火が灯る感覚。

気づけば、私は自然と頷いていた。


勇者と強斥候は、すでに武器へ手をかけ、今にも飛び出しそうなほど前傾している。


「しゃあねぇ、行くか」


「アメリアさんが言うなら、付き合うしかないっすね」


「聖女様。私めも、ご同行してよろしいでしょうか?」


追跡者までもが視線を寄せ、賢者の声に応えるように言葉を重ねてきた。


――だが、その直後。


ぴちゃり、と。

湿った石が水面へ落ちたかのような、不快な気配が空気を冷やす。


同行していた指揮者が、まるで場の温度を下げることだけを目的としたかのような、最悪のタイミングで口を開いた。


「アメリア様。オリオンの規則では、戦闘中の横取り行為は禁止されています。アメリア様のご判断は最大限尊重いたしますが……本当に、彼等を助けられるおつもりなのですか?」


勇者と強斥候の表情が、露骨な失望と軽蔑に染まる。

珍しく――いや、初めてかもしれない。

彼らが、完全に正論側に立っている光景だった。


指揮者は、なおも言葉を続けようとした。


だが――

私は、ほんの僅かに視線を向けただけだった。


その一瞥に触れた瞬間。

彼の喉は、まるで凍りついたかのように引き攣り、膝から力が抜ける。


どさっ、と尻もちをつく音。


……しばらく、そこで反省でもしていなさい。


さて。

本題は、ミノタウロスそのものだ。


A級相当“らしい”などという、曖昧な暫定分類で片付けられる存在ではない。

『ライフドレイン』と『起死回生』をまとい、大斧を振るう怪物。

そんなものを、B級相当の勇者達がどうにかできるはずがない。


必要なのは、一撃必殺。

それも、確実に殺し切る――絶対の一射。


それを放てるのは、この場では私しかいない。


忍者達を救うため。

そして、美女賢者の心意気に応えるためにも。


前に立つのは、私の役目となる。


飛び出さんばかりの勇者達へ、私はそっと手を伸ばして制した。


「皆さん、ここは退いてください。あのミノタウロスは――私が討ち取らさせて頂きます!」


一瞬の静寂。

次いで、全員の視線が吸い寄せられる。


私は深く息を吸い、意識をさらに沈めていく。

スナイパーモードが展開され、周囲の空間が、ぎしり、と軋んだ。


空気が震え、世界が遠のく。

そして、手の中に“運命の弓”が現れてきた。


運命の矢を番え、スキル『必殺』をシンクロし、さらに、もう一度――『必殺』を重ね掛けする。


矢の周囲から、じわり、と破壊エネルギーが溢れ出し、淡い渦を巻きながら、まるで世界の重心そのものが、矢へ引き寄せられていくかのような錯覚がおとずれる。


背筋を伸ばし、呼吸を整え、

弓を、ゆっくりと――しかし確実に引き絞っていく。


――スキル『ロックオン』発動。


視界の中心に、ミノタウロスの心臓部が吸い込まれるように一致した。

指先へ伝わる弦の微細な震え。

臨界点が訪れたことを、確信する。


狙い撃たせてもらいます。


―――――――――――CRITICAL_SHOOT


矢は、世界から“消えた”。


音速の壁など存在しないかのように、無音のまま加速していく。

通過した空間には、真空じみた渦が生まれ、引き裂かれた空気が、ゴウ、と竜巻のように後を追う。


極限まで研ぎ澄まされたジャイロ回転。

それは、ミノタウロスの巨体を、まるで紙細工のように貫通し、そのまま背後の岩盤までも粉砕した。


ドンッ――!


爆煙が巻き上がり、砕かれた岩片が衝撃波に乗って乱舞し、最下層の空気が狂ったように震え、地面が波打つ。


そして、一拍遅れて。


雷鳴のごとき轟音が地下世界を裂き、大地が揺れた。


煙が、ゆっくりと薄れていく。


そこには、もう“何も”残っていなかった。


ミノタウロスの影形はなく、原型どころか、肉片ひとつすら見当たらない。

怪物の存在は、戦場から痕跡ごと――完全に消滅していたのだった。


—————


規程上、今回の勝者は忍者パーティ――『オリオン』と正式に認定された。

彼等が全滅へと至る、その寸前。私が放った、ただ一撃。その一撃によって、ミノタウロスは文字通り粉砕され、塵となって消滅したためである。


結果として、勝利の称号だけが辛うじて彼等の手元へ転がり込んだ。

とはいうものの、その実態は決して胸を張れるものではなかった。栄誉というより、薄氷の上で拾い上げた“借り物の生存”。そう表現した方が、よほど実情に近いのだろう。


重戦士と魔導士の2名は、神官達による集中的な治療を受け続けていた。祈祷と治癒魔法が途切れることなく重ねられ、肉体そのものは、いずれ回復するはずだ。

だが――冒険者として、再び迷宮へ戻れるかと問われれば、答えは限りなく暗い。


肉体の損傷以前に、“冒険者としての核”が、根元から折れてしまったように見えたのだから。

恐怖。絶望。敗北の記憶。

それらが深く刻み込まれた瞳は、もはや刃を向ける者のものではなかった。


忍者達もまた、仲間である『影使い』の異常に、隠しきれない怯えを滲ませていた。

これは、ほぼ確定している。

――『SKILL_VIRUS』の影響だろう。


影が影である、その根本を歪ませ、存在そのものを侵食する異常。

それに曝され、生き残ったとしても、なお正常でいられる者がどれほどいるというのか。彼の影は、確かに“おかしかった”。


さて。

問題は、ミノタウロスが携えていた、あの大斧である。


先ほどの激戦で、あれがどれほど濃密な悪意と殺意を内包していたか、私は嫌というほど理解している。振るわれるたび、空気が裂け、命そのものを刈り取るためだけに存在する刃だった。


B級3位の冒険者が、いかにも当然といった態度で宣言した。

「これは俺がもらう」


……だが。

あれほどの凶器を、そのまま“野放し”にするのは、本当に妥当なのか。

とはいうものの、正直なところを言えば、放置したとしても私に明確な損はない。そう言い切りかけてもいた、その瞬間だった。


――ごとり。


頭蓋の底へ、重く、硬質な何かが落ちてくる。

思考を叩き、魂を震わせる衝撃。


神託である。


――――――――――『ミノタウロスの斧を破壊せよ』


YES_MAIN_GOD。

思わず、口元が緩む。あぁ、なんという僥倖なのだろうか。

こんな場面で、信仰心を稼げるとは。まさに神の慈悲。ありがたさが、じんわりと胸をくすぐってくる。


大斧の持ち主へと近寄った、その時。

思わぬ光景が、視界へ飛び込んできた。


美女賢者アメリア。

彼女は怒りの頂点で、表情という表情を完全に決壊させていた。まるで噴火寸前の火山。今にも爆ぜ、周囲を焼き尽くしそうな気配だ。


追跡者が、所属する3位のパーティメンバーから、不満をぶつけられた挙げ句、人格否定となる言葉を叩きつけられたところを、目の当たりにしたからである。

彼女の堪忍袋は、すでに跡形もなく吹き飛んでいた。


そこへ、勇者と強斥候までもが参戦する。

場の空気は急激に張り詰め、もはや喧嘩という枠を超え、局地的な戦争の様相すら帯び始めていた。


うむ。実にいい光景だ。

人が罵り合う姿は、見ていて楽しい。


ここで私が割って入れば、すべては一瞬で収束する。

今の私は観客であるべきだ。


争いは続けてもらって構わない。

むしろ、続けて下さい。

私が必要としているのは、ただひとつ。

――あの大斧だけなのだから。


「喧嘩は、そのまま続けて構いません。と言いますか、どうぞ続けて下さい。――その大斧ですが、私に譲っていただけますか?」


静かな声だった。

だが次の瞬間。


「ふざけんな! 絶対に駄目だ! これは俺たちの獲物だ、渡せるわけがない!」


……今。

今この瞬間、この男は――私に、喧嘩を売ったのだろうか。


聖女に向かって、その口の利き方。

理解不能どころか、世界の理そのものを、根本から誤解しているとしか思えない。

““絶望””という言葉の意味を、その身に叩き込んでやろう!


空気が、びり、と震えた。

最下層の澄んだ大気が軋みを上げ、きぃ、と悲鳴を上げる。

気温が、みるみるうちに下降していく。


精神力の弱い者たちは、膝から崩れ落ちた。

視界が白く染まり、意識が遠のいていく。


先ほどまで怒りで爆発寸前だった美女賢者ですら、泣きそうな顔で私に抱きつき、必死に宥めようとしていた。


「三華月様、駄目です! STOPです、お願いです!」


勇者の必死の叫びが飛ぶ。


「アメリア! 三華月から離れろ、巻き添えになるぞ!」


……私を猛獣扱いしているのは、なぜなのかしら。

いや、気のせいではない。むしろ――正しい認識とすら言えた。


私の逆鱗に触れ、完全に硬直していたB級3位の冒険者たちは、ついに観念したのだろう。

がたがたと震える手で、大斧を差し出してきた。


受け取った私は。

その場で、即座に――


ぐしゃり、と。


大斧を粉砕した。

神託は無事達成。

信仰心も、しっかりと稼がせてもらった。


—————


迷宮主が消え去った最下層には、柔らかく、澄んだ風が流れ込んでいた。

魔物の気配は一切なく、この場所が当面、静かな安息地として機能することは疑いようもない。


周囲を見渡す。

そこに、誰の姿もなかった。


美女賢者たちの一行は地上へ戻した。

この階層に残っているのは――私ひとりだけ。


ふと、思考が深く、静かに沈んでいく。


――ミノタウロスの大斧は、いったい“誰”が造ったのだろう。


その答えは、さらに深く潜れば得られるかもしれない。

通常、A級迷宮の最下層は地下5階。

常識として、それ以上の階層は“存在しない”はずだった。


だが。


――――――――――スキル『真眼』が告げていた。


そこには、本来あるはずのない“階段”が。

地底のさらに奥――地下6階へと続く、黒い奈落の穴が。


まるでこちらを窺い返すかのように。

冷ややかに、静かに、口を開いていた。


そう。

S級迷宮の証である、地下6階へ繋がる階段を。


私は、見つけてしまっていたのだった。

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