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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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15 ドジ系ヒロインとは

地下6階層へと続く階段は、思わず拍子抜けしてしまうほどに広々としていた。

ただ広い――という表現ですら、どこか足りない。王族専用の避難路か、あるいは古代文明が神々へと供物を捧げるために造り上げた儀式用の参道なのか。とにかく“人が通るための階段”という常識的な枠組みを、軽々と踏み越えている。両腕を左右に伸ばしたまま、優雅にスキップしながら降りていけそうな余裕すらあり、密林の奥を彷徨っていた旅人が、突如として巨大な宮殿の石段を発見してしまった――そんな錯覚が、じわりと脳裏に滲んだ。


壁も、天井も、床も。

すべてが階段と同じ、灰色の石材で統一されている。石であるはずなのに、その表面にはどこか金属めいた冷たい光沢があり、魔道灯の放つ白光を柔らかく、しかし確かに硬質な反射として返していた。等間隔に設置された光源が、螺旋を描く階段に沿って陰影を刻み込み、その明暗が生み出す空気は、静謐でありながら、張り詰めている。


城塞の地下、というよりも――

古の神が封じられた禁域。

そう呼ぶ方が、よほどしっくりくる気配だった。


ミノタウロスを討伐して以降、迷宮からは魔物の気配が完全に消え失せている。

風は澄み切り、かつて満ちていた濃密な殺気も、咆哮が残した振動の余韻すら、跡形もなく霧散していた。

とはいうものの、この異常な静けさが、決して“安全”を意味しないことは分かっている。


だからこそ私は、美女賢者たちを先に帰還させ、この階層へは単身で降りるという判断を下した。

『真眼』が告げた、“あってはならない階層”。

その存在理由を、この目で確かめずにはいられなかったのだ。


階段を一段、また一段と降りるごとに、空気の密度が変化していく。

ぴり、と。

研ぎ澄まされた何かが、皮膚を刺す。

まるで階段そのものが、「戻るなら今ですよ」と無言で忠告してくるかのような、異様な圧迫感だった。


皮膚が焼ける感覚――いや、それですら生ぬるい。

巨大な焼却炉へと全身を投げ込まれ、炎という概念すら超越した、“死そのもの”が凝縮された不可視の刃が、血管の内側から、臓腑の奥底までを一気に掻き乱してくる。

ごう、と。

音なき圧力が、身体の芯を抉る。


もっとも、私はスキル『自己再生』を持っている。

だから進める。

普通の冒険者であれば、一息吸い込んだ瞬間に肺が焼け落ち、意識が断ち切られるよりも早く、地に伏しているだろう。


瘴気は階段を降りるほど層を重ね、やがて重圧となって、視界も肌も、容赦なく押し潰してくる。

この先にいる“存在”が、常識的な格を逸脱しているのは、もはや疑いようもなかった。


脳裏をよぎるのは、ミノタウロスが振るっていたあの大斧。

無骨で、暴力の塊のような凶器。

そこに施されていた付与――『ライフドレイン』と『起死回生』。

常識という線を遥か彼方へと吹き飛ばす術式であり、歴史に名を刻む鍛冶の名工ですら、到底扱えない代物だった。


ならば、その鍛冶主は何者なのか。

S級を越え、世界の理を歪めるほどの野望を抱いていたとしても、不思議ではない。


期待が、背骨をぞくりとなぞるように膨らんでいく。

この階の奥には、“物語”が眠っている。

そんな囁きが、どこからともなく聞こえてくるようで、胸の奥が不思議と浮き立っていた。


やがて階段を降り切る。

その先にあったのは――木製の片開き扉。


……その瞬間、ふっと肩の力が抜けた。


あまりにも、普通。

地下6階から連想される、禍々しい封印扉でもなければ、魔法陣の刻まれた祭壇の門でもない。

ただの木の扉。

ただの鋳物製ノッカー。

さらに、その横には薄汚れた紙切れが貼られていた。


――『御用があればノックをして下さい』


……遊んでいるのか。

この状況でそれを書く神経が、すでに常軌を逸している。

ノックした瞬間に大爆発。

そんな、古典的かつ悪意に満ちた罠が作動しても、正直驚きはしない。

むしろ、「まぁ、そうだろうな」と納得してしまう程度には。


やれやれ。

そんな単純な罠に引っかかるほど、私はポンコツではない。

“ドジ系ヒロイン”では、ないのだから。


面倒ではあるが、『ロックオン』で扉を補足し、階段を上へ戻ってから遠距離攻撃で破壊する。

それが、最も安全で確実な方法だ。


そう決めて、踵を返し、一段上へ戻ろうとした――その瞬間。


ぎい、と音すら立てず。

魔力の揺らぎもなく。

まるで私の到着を最初から知っていたかのように、木製扉が自然に開いた。


直後、温度が一気に下がる。

はぁ、と白い息が漏れ、澱んだ死の瘴気が渦を巻いて吹き出した。

その中心に――骸骨が、立っていた。


目など、あるはずもない。

それなのに、確かに“目が合った”と感じてしまった。

ぞくり、と背筋が粟立つ。


骸骨は、ゆっくりと一歩前に出ると、礼儀正しい所作で深々と頭を下げた。


「大聖女、三華月様でお間違いありませんね。初めまして。私はこの鍛冶場を任されております──死霊(アンデッド)王と申します」


この骸骨こそが、瘴気の源。

にもかかわらず――敵意が、ない。

まったく、感じられない。

その事実が、逆に不気味で、背筋をひりつかせた。


だが、私にとってより重大なのは、別の点だった。

最優先事項は、ただひとつ。“罠の有無”。


「ええ、私が三華月です。よろしくお願いします。早速ですが、あの木製扉に仕掛けられていた罠を解除してくださり、助かりました」


「罠……ですか。申し訳ありませんが、この扉には仕掛けなどありません」


「惚けても無駄です。こちらには状況を把握する手段がありますから!」


「いやいや、誤解ですって。本当に罠なんてないんです。三華月様の思い違いですよ」


「仮に、本当に罠が無かったとすれば……私はただの間抜け。すなわち“ドジ系ヒロイン”となってしまいます。ご理解頂けましたか?」


一瞬の沈黙。

骸骨は顎骨に手を当て、考え込むような仕草を見せ――やがて、こくりと頷いた。


「……そういうことですか。理解しました。罠は解除いたしました。三華月様は“ドジ系ヒロイン”ではございません。どうぞ中へ」


やはり罠が仕掛けられていたのか。

ふぅ。

危うくドジ属性を付与されるところだったぜ!


扉をくぐった瞬間、空気が変わっていく。


そこに広がっていたのは、地下とは思えぬ――いや、もはや現実離れした広大さを持つ空間だった。

聖堂。まずその言葉が脳裏に浮かぶ。天井は視線を上げてもなお届かず、どこまで続いているのか判別すらできないほど高い。あり得ない。だが、確かにそこにある。


灰色の石材で統一された壁と床は、長い年月を経た重厚さを宿しながらも、ひび一つ見当たらない。等間隔に配置された魔道灯が、淡く、柔らかな光を放ち、その光が石肌に反射して空間全体を包み込んでいた。まるで一流ホテルのスイートルームを、宗教建築として極限までスケールアップしたかのような荘厳さである。


静かだ。

あまりにも、整いすぎた静寂。


視線を巡らせると、作業机が並び、その上には剣、斧、槍――用途も系統も異なる武具が、寸分の乱れもなく整然と配置されていた。刃の角度、柄の向き、間隔。そのすべてが計算され尽くしている。奥には錬金用の魔具が控え、起動待ちの獣のように沈黙している。


秩序。

支配しているのは、圧倒的な秩序だった。


――この骸骨が、ミノタウロスの大斧を造った鍛冶主。

その事実は、疑う余地がない。空間そのものが、それを雄弁に物語っている。


とはいうものの。

私がここに来た理由は、鍛冶技術ではない。


求めているのは“神託”。

だが……降りる気配が、まったくない。

静かすぎる。静謐すぎるのだ。戦いの前兆も、破滅の兆しも、何ひとつ感じられない。


そんな中、アンデッド王が椅子を勧めてきた。

ギィ……と、石床を擦る音。無駄のない動作。私はそれに従い腰を下ろしていく。


骸骨は、丁寧すぎるほど穏やかな声音で尋ねてきた。


「聖女様。ここまで足を運ばれた理由をお伺いしてもよろしいでしょうか……やはり、私の討伐が目的ですか」


瘴気が、濃い。

量も質も、歴代のどのアンデッドとも比較にならない。肌がじわりと粟立つ。呼吸をするたび、喉の奥に死の気配が絡みつく。

まさに大災害級。


だが――とはいうものの。

“世界に害を撒く意思”がない者は、討伐対象にはならない。


私はアンデッド狩りに興味はない。

目の前の骸骨も、どう見ても世捨て人の引きこもりタイプである。悪の教団にスカウトされそうな野心も、悪辣さも、微塵も感じられない。


“クソ骸骨”に用はない。


撤収だ。

撤収。


「あなたを討伐するつもりはありません。私は帝都に戻りますので、これで失礼します」


椅子を引き、立ち上がった瞬間だった。

背後。す、と気配が重なっていく。


振り向くと、骸骨が、じっとこちらを凝視し、眼窩の奥で、淡い光が揺れていた。


「なぜついて来るのです。まだ聞きそびれたことでも?」


「いえ、ただ……三華月様に同行しようかと。ご迷惑でしょうか」


「迷惑です。あなたが帝都に来たら、街が壊滅してしまうではないですか」


「私は、むやみに人を殺めたりはしませんよ」


「耳が遠いのですか。あなたの“死の瘴気”に一般人が耐えられるはずないからです!」


一拍。

骸骨は、ゆっくりと顎を引いた。


「……つまり、私が帝都へ向かえば人が大量に死ぬ。だから付いて来るなと、そういうことですね」


……待て。


こいつが、帝都で大虐殺でもやらかせば。

神託は確実に降り、莫大な信仰心が稼げるだろう。


有りか無しかでいえば……2000%有りだ。

とはいうものの、私が意図的に誘導する形は、さすがにまずい。倫理的にも、神的にもアウトである。


思案を始めた、その時だった。


「聖女様。これで問題ないでしょうか」


声に反応して振り返ると、骸骨は、いつの間にか黒いマントで全身を包んでいた。

バサリ、と布が落ち着く音。


――瘴気が、ない。


あれほど濃密だった『死の瘴気』が、嘘のように完全遮断されている。

なるほど。マント自体が、瘴気遮断の高位魔具らしい。相当な代物だ。


「三華月様。これで条件はクリアと見てよろしいですね」


「なるほど……つまり、“鬼可愛い聖女にストーカーをさせてもらうぜ”、という意思表示をしているわけですか?」


「はい。よろしくお願いします」


即答か。

一切の迷いもない。


「まぁ構いませんが……理由は? 何のために帝都へ」


「理由などありません。ここは暇でして……なんとなく、聖女様について行きたくなっただけです」


そういう事か。


……単なる、鬼可愛い聖女へのストーカーだったということか。

まったくもって、やれやれです。

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