表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/222

10 今日の私は乗れていない

———影使い———

S級スキル。

自身の影を変幻自在に使いこなす。

攻撃に対しては自身の影がオートで迎撃する為、攻略は難しい。


――――――


聖騎士(旧聖戦士)と、ロリ巨乳聖女(旧神官)が帝都を発つ姿を見送った後、私はそのまま彼――聖騎士が管理していた屋敷の前へと足を運んでいた。

忍者からの申し入れに応じ、美人賢者の代理として、単身で訪れているのであった。


A級冒険者は、新人冒険者の育成を目的としたギルドを設立・運営する義務を負っており、その対価として帝国から専用の屋敷が支給されていた。

敷地内に建つのは、間口の広いレンガ造りの建物。細長い窓が等間隔に並び、左右対称の美しいシンメトリーを描いている。積み重ねられた歴史が、その佇まいから自然と伝わってくる。

ほかにも、訓練用と思しき別棟や、貸し出し用の武器庫などが点在しており、ここが単なる住居ではないことを雄弁に物語っていた。


門をくぐり、建物へと続くアプローチを進んでいくと、木製の玄関扉の前で、先日パーティーを組んだ重戦士が、腕を組んで待ち構えていた。


身長は180cmほど。だが、それ以上に横方向への厚みが目を引く。鎧の上からでも分かる筋肉量は、まさに重戦士の理想形といった体躯である。

彼はすでに、私が美人賢者側の人間であることを把握していたのだろう。視線が合うと、軽く顎を引き、無駄のない会釈を返してきた。


美人賢者(アメリア)の代理として参りました。先日の迷宮以来ですね」


「聖女様。お待ちしておりました。中で忍者(こうた)様がお待ちです」


重戦士は、現在このギルドにおいて、忍者に次ぐ地位を持つ存在――いわば副官のような役割を担っている人物だ。


玄関ホールに足を踏み入れると、そこは吹き抜け構造になっていた。天井近くに設けられた大きな窓ガラスから陽光が降り注ぎ、広い空間全体を柔らかく照らしている。

床には大判のレンガが整然と敷き詰められ、灰色がかった塗り壁には、細かなひび割れがいくつも走っていた。それらは劣化というより、年月の重みを静かに語る刻印のように見える。


ホールには、ファミリーメンバー全28名が集結していた。

その視線が、一斉に私へと向けられる。好奇、警戒、期待、猜疑――様々な感情が入り混じった視線の束だ。


その中から、ひとり。

背の低い、黒装束の男が代表するように歩み出てきた。


どこにでもいそうな風貌。目立たず、印象にも残りにくい。例えるなら、村人A。

だが、その正体はスキル『影使い』を操る忍者。私の獲物を横取りし、信仰心低下という最悪の結果を招いた張本人である。


忍者は気さくな笑みを浮かべ、すっと手を差し出してきた。握手を求める仕草だ。


「先日は失礼しました。再び聖女さんにお会いできて光栄です」


迷宮で聖戦士を罠に嵌め、巧妙に状況を操ったあの男と、目の前の人物が同一だとは思えないほどの柔らかさ。

……とはいうものの、それはそれ。


むしろ好都合だ。

奴が有する『影使い』を破壊する好機が、想定よりもずっと早く訪れただけのこと。


そう──私は、この男のスキル『影使い』へ『SKILL_VIRUS』を撃ち込むために、ここに来たのだから。


差し出された手が、まるで重力を帯びたかのように、じわり、じわりと私の方へ引き寄せられる。

心の中でスキル発動のカウントダウンを進めていく。

あと、ほんの僅か。指先が触れる、その瞬間──


すっ、と。

二人の間へ、重戦士が割って入ってきた。


忍者(こうた)様。敵である聖女との接触はお控えください」


和みかけていた空気が、ぱん、と音を立てて弾けたかのように一変する。

張り詰める緊張。肌がひりつく。


何をしてくれる、重戦士……。

だが、同時に思う。実に、見どころのある男だと。


一方の忍者は、あまりにも不用心に見えた。

迷宮であれほど周到に罠を張り、聖戦士をギルドマスターの座から引き摺り下ろした男と、今の姿が結びつかない。


重戦士と視線がぶつかった。

その奥に、確かな敵意が宿るのを感じ取る。


ここで戦闘を始めるつもりなのか。

同族殺しは禁止されている。こちらから手を出すことはできない。

だが、向こうから仕掛けてくるならば話は別だ。


――来るなら、いつでもどうぞ。


その一瞬の静寂を破ったのは、正面に立つ忍者だった。


「聖女さん。こちらからお呼び立てしておきながら、本当に申し訳ありません」


「いえいえ。重戦士様の仰る通り、たとえ聖女であっても、オリオンでは敵対関係にありますもの。警戒されるのは当然です」


……何だろう。

思っていたよりも、ずっと礼儀正しい。


重戦士が一歩、後ろへ下がると、張り詰めていた空気が、すうっと緩んでいく。

そのまま彼の案内で会議室へ通され、忍者とは距離を置き、向かい合う形で席につくこととなった。


入口の反対側に設けられた細長い窓から、太陽光が差し込み、風に揺れるレースカーテンが、さらさらと音を立てる。

外壁一面に並ぶ大きな窓のおかげで、会議室内は驚くほど明るかった。


室内の端には、会話を聞くため、ギルドメンバー全員が入ってきている。

本来であれば来客用の応接室で行うべき話だが、全員に聞いてもらいたいという申し入れがあり、私はそれを快く受け入れた。


……そこの新人冒険者君たち。

私を見る目がエロいぞ。


話を始める前に、帝都を去った聖女(メルン)から預かっていた手紙を取り出し、テーブルの上に差し出した。

ギルド脱退の意思が記された書簡だ。本来であれば本人が提出すべきものだろうが、私から申し出て、半ば強引に預かってきた経緯がある。


会議室にいる全員の視線が、その手紙へと集中してくる。


「これはメルンさんから預かった手紙です。こちらのギルドを脱退する旨が記されております。どうぞ、お受け取り下さい」


会議室内に、ざわり、と低く重たいざわめきが走った。

空気が一瞬で濁り、視線と視線がぶつかり合う。その中心で、脇に座っていた重戦士が乱暴に椅子を蹴るように押しのけると、ガタン、と木製の脚が床を擦り、鈍い音が響く。

彼はそのまま大股でこちらへ迫り、鎧の重さを主張するかのように、どす、どす、と床を踏み鳴らしてきた。


近づくや否や、彼は私の手元から手紙をひったくるようにむしり取り、封を引き裂いた。

びりり、と紙の裂ける音がやけに大きく響く。

その内容を目で追い始めた頃には、会議室のあちこちで抑えきれない私語が噴き出している。

統率も秩序もない、疑念と動揺のざわめき。――いい。とてもいい。


その喧騒の中、席を立つこともなく、わずかに眉をひそめていた忍者が、淡々と、しかし確かな声量で問いを投げてくる。


「聖女さん。メルンは今、どこにいるのか教えていただけませんか」


静まり返る気配。

私はその視線を真正面から受け止め、あらかじめ用意していた言葉を、澱みなく口にした。


聖女(メルン)は、聖騎士(ジェット)と共に、故郷たる教国へ戻るべく、すでに帝都を発ちました」


その瞬間、どよめきは一段、いや二段階ほど膨れ上がった。

椅子が軋み、誰かが息を呑む音がする。

思ったとおり。実に、好都合な反応だった。


そう。

私がロリ巨乳聖女からこの手紙を託された理由はひとつ。

忍者たちの均衡を崩し、不協和音を撒き散らすため。

ならば、この混乱――もっと、煽ってやらねばならないだろう。


案の定、重戦士が拳を握りしめ、怒気を露わにして声を張り上げた。


「これは本当にメルンが書いたものなのか! なぜメルンは、裏切り者ジェットと一緒に教国へ向かった! そんな話、到底信じられん!」


その剣幕に、会議室の空気がさらに張り詰める。

私はわずかに顎を上げ、静かな微笑を浮かべた。


「聖女たる私が、嘘を申し上げているとでも?」


一般の者にとって、神につかえ治癒を司る聖女は、最も崇拝される存在だ。

清廉で、清らかな容姿を持つ者の言葉は、それだけで重みを帯びる。

とはいうものの――実際の私は、信仰心を得られるのであれば、平然と偽りを口にできる。

神託の実行はすべてに優先される。それが人類への裏切りであろうと、呵責など抱かないのだ。


もっとも、聖騎士とロリ巨乳神聖女が帝都を去ったのは、紛れもない事実。

会議室の者たちは、その事実と私の言葉を、都合よく不審がってくれている。

いいぞ。その疑念、もっと膨らめ。


「メルンは、ジェットの追放劇に加担した己の行為を、深く悔いていました」


「そんな事があるはず無い!」


即座に噛みついたのは、やはり重戦士だった。

忍者は沈黙し、顎に手を当てたまま考え込んでいる。

他の面々も息を潜め、私と忍者のやり取りに耳を澄ませていた。


……思ったより、刺激が足りない。

もっと激情に駆られ、刀を抜くかと思っていたものの。

今日の私は、どうにも波に乗れていないのだろうか。


ならば――もう一段、踏み込んでやろう。


「やれやれですね。あなた達全員が、メルンを追い詰めていたのだと、よく分かりました」


その言葉が落ちた瞬間。


「聖女さんの言われる通りなら……本当に、俺がメルンを追い込んでしまっていた事になりますね」


――は?


想定と、まるで違う。

忍者は開き直るでも、誤魔化すでもなく、あまりに素直にそう言ったのだ。

怒り狂って切りかかってくる――そう踏んでいた私は、完全に拍子を外される。

副官である重戦士でさえ、戸惑いを隠せない様子だった。


なぜ、こんな展開になるのだろう。

どこで、ボタンを掛け違えたのか。


澄ました顔でこちらを見据える忍者に、確認するように問い返した。


「つまり忍者(こうた)様は、自身の行いが誤りだったと、そう仰るのですか」


「はい。メルンに酷い事をしました。すいませんでした」


……あれ?

ここは謝る場面ではなく、逆上する流れではないのか。

なぜ忍者は、深々と頭を下げているのだろう。

誘導しているはずなのに、すべてが逆方向へ進んでいる。


やはり今日の私は、のれていないのかしら。


頭を下げ続ける忍者に、重戦士が慌ててフォローを入れてきた。


忍者(こうた)様は、皆の未来を案じて行動なさったのですよね」


「はい。俺は常に、皆さんのために動いています」


その姿勢は、誰に対しても驚くほど素直だ。

A級迷宮で聖戦士を陥れた時の、あの狡猾さが微塵も感じられない。

駄目だ。

完全に、私の方が迷子になっている。


忍者の思考原理が、まったく理解できていない。とはいえ、ここで引き下がるわけにはいかない。

何としても、忍者を追い詰めねばならないところのはず。


私は会話に割り込むように、少しだけ声のトーンを強めてみた。


忍者(こうた)様が、皆を思って取られた行動であっても、結果として迷惑を及ぼすこともあるのではありませんか」


「はい。俺の判断が、誤りだったかもしれません」


……まただ。

噛み合っているのか、いないのか。

分からない。心が、少しずつ削られていく。


忍者(こうた)様にお聞きします。そんなに聖騎士(ジェット)は、悪辣な人物だったのですか」


「はい。皆の言葉を総合して、俺はそう結論づけました」


思うようにはいかない。

ものの、それでも一つ、見えてきたことがある。


忍者のキーワードは――『みんな』だ。

その“みんな”とは、一体誰なのか。


もう少し、探る必要がある。


忍者(こうた)様は、S級スキル『影使い』の使い手であることを、なぜ聖騎士(ジェット)に伏せていたのですか」


「はい。俺が成り上がるためです。偉くならなきゃ、帝都を変革なんてできないでしょう」


帝都を、変革。

その言葉に、会議室の空気が微かに揺れる。

具体性のない理想論――なのか、それとも。


周囲に視線を巡らせると、会議室の端で聞き耳を立てていた初心者冒険者たちの表情も、困惑に染まっている。

よく分からない流れだが、今は話を続けるしかない。


「つまり忍者(こうた)様は、偉くなるために聖戦士(ジェット)を抹殺なさったのですね」


聖戦士(ジェット)は悪者でした。皆から、俺こそがファミリーのボスに相応しいと言われたんです」


「その“皆”の一人である聖女(メルン)は、聖騎士(ジェット)にした仕打ちを悔いていましたよね」


忍者は、少しだけ言葉に詰まった。


「それでは……聖女さんのお言葉を踏まえると、“皆”という前提そのものが、揺らいでしまいますね」


……ああ、もう。


私のリズムが、完全に崩れている。

原因は明白だった。忍者――この男が、あまりにも素直すぎるからだ。


痛いところを突き、揺さぶり、怒らせて本音を引きずり出す。

それが本来の流れであったはずなのに、彼はどうだ。

こちらの言葉を一つ残らず肯定し、真正面から受け止め、疑いすらしない。


つまり、頭の中が――お花畑、というやつなのだろう。


こんなお花畑思考の持ち主が『S級スキル』を所持している。

危険すぎる。

とはいうものの……同時に、素敵すぎるではないですか。


忍者という存在が、ようやく分かってきた。

この男は、私に莫大な信仰心をもたらしてくれる可能性を秘めた逸材だ。

そう遠くない未来、彼はきっと大きな“やらかし”をしてくれる。

世界を揺るがす混乱を引き起こし、討伐対象として神託が降りてくる……そんな予感が、確かにある。


逸材。

しかも、逸材の中の逸材。


処刑するつもりでここへ来たはずなのに、気づけば評価が真逆になっていた。

しばらく泳がせておくべき存在だ。

いや、もうこれは無罪放免しても問題ないのではないか。


そうと分かれば、用件だけ済ませて、さっさと帰るとしよう。

そう……用件だ。


思い返せば、私がここへ来たのは、忍者に呼ばれたからだったのだ。


「ところで本日、私をお呼びになったご用件を、教えて頂けませんか」


「はい、そうでしたね。俺は『オリオン』でA級迷宮を攻略しようと思っています」


……それだけ?


そんなこと、誰でも知っている。

それがどうしたというのかしら。


……。

この沈黙は、何なのでしょう。


もしかして、今度は私が喋る番なのか。

とはいえ、何かが違う気もする。

だが困った時は――そう、オウム返しである。


「つまり忍者(こうた)様は、A級迷宮を踏破なさるおつもり、ということですね」


「そうです。その通りです。さすが聖女さん、理解が早くて助かります」


はい。

言葉の意味は、理解している。

だが、あなたの“意図”と“気持ち”は、まったく理解できません。


どうしたものか。

しかし、ここは話を合わせておくべきだろう。

とりあえず――“みんな”という単語を使っておけば、だいたい正解な気がする。


「よく分かります。忍者(こうた)様は、みんなの為に、世界を変革なさりたいのですよね」


「そうです。俺は、一から帝都を作り直そうと思います」


……なるほど。


変革とは、帝都を一度、完全に平地にして、最初から作り直すという意味だったのか。

迷惑の度合いが、もはや災害級を軽く超えている。


うむ。

さすがだ。

私が見込んだ男だけのことはある。


ようやく、こちらもノッてきました。

エンジンが、ぐっと音を立ててかかる。

希望という名の種に、水と肥料をたっぷり与えて、思う存分育ててやろうではないか。


「私から提案があります。一から造り直すのであれば、帝都ではなく、未開の地で国造りを始めてはいかがでしょう。それこそが、本当の意味での“最初から”になるのではありませんか」


「なるほど。一から作るのなら、何も無い場所から始めるべきですよね」


……やはり、素直だ。


話がどんどんおかしな方向へ転がっている気もするが、そんなことは些細な問題だ。

周囲でこの会話を聞いていた重戦士たちが、明らかに戸惑っている。

その表情が、実に愉快で楽しい。


やがて重戦士が耐えきれなくなったのか、ずいっと前に出て口を挟んできた。


「光太様、ちょっと待って下さい! 未開の地って……俺達を、見捨てるおつもりですか!」


「何を仰るのです。皆さんも忍者(こうた)様とご一緒に、未開の地へ行けばよいではありませんか」


「違う! 俺達は、この帝都を変えてほしいんです!」


「はい。みんなの願いに応えて、僕は世界を変革します」


……ああ、本当に。


忍者は、世界にとってはクソ迷惑な存在だ。

だがそれは裏を返せば、私にとってのダイヤの原石。

磨けば磨くほど輝く、逸材中の逸材なのである。


泳がせれば泳がせるほど、世界が混乱する確率は上がる。

同時に、私に神託が降りる確率も、確実に上がっていく。


その未来を思い描き、胸が高鳴った――その瞬間。


――ずしり、と。


重く、抗いがたい感覚が、頭の奥に落ちてきた。

神託だ。


しかも、内容は――




―――――――――――――その天然忍者をなんとかしろ




……マジですか。


まだ早い。

忍者を刈り取るには、どう考えても早すぎる。


このタイミングで神託が降りてくるとは、なんということでしょう。

熟す前の果実を、泣く泣く刈り取らねばならない農家の気持ちが、今ならよく分かる。


とはいうものの、神託を拒否することは出来ない。

苦渋の決断となるが……仕方がありません。


YES MINE GOD!!

忍者を、処刑させてもらいます。


……とはいえ。


忍者は、殺すにはあまりにも惜しい人材である。

私は何か、抜け道のようなものはないのか。

助ける方法は、本当に存在しないのか。


そう考え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ