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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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11/223

11 ゴスロリメイドみたいだが

会議室の端には、かつて聖戦士が率いていたギルドメンバー28名が、肩を寄せ合うように並んでいた。誰一人として無駄口を叩く者はいない。全員が、私と忍者の一挙手一投足を逃すまいと息を詰め、衣擦れや呼吸に混じるわずかな空気の揺らぎすら、耳と肌で測ろうとしている。

張りつめた緊張が室内を満たし、じり、じり、と温度だけが意味もなく上昇していく。まるで戦闘直前の静止した戦場だった。


――私がここへ足を運んだ理由は、ただ一つ。

信仰心を爆下がりさせた元凶。すなわち、この忍者への報復である。


彼のスキル『影使い』に『SKILL_VIRUS』を流し込み、変革力そのものを内部から破壊する。それだけを目的に、私は忍者の呼びかけに応じ、この会議室へと歩を進めた……はずだった。


しかしながら。

当の忍者という男は、驚くほど素直で、驚くほど真っすぐで、そして驚くほど世界へ迷惑を撒き散らしかねない、危険極まる善性を持つナイスガイであった。

重戦士たちに焚きつけられている気配は確かに感じる。とはいうものの、そこは些末な問題に過ぎない。何より重大なのは、この男が将来的に、私へ“無限に等しい信仰心”を捧げる可能性を秘めているという一点だ。


だからこそ、私は処刑を保留した。

……というものの、その矢先だった。脳裏を切り裂くような、鋭利な閃光が走る。


――世界にとって大迷惑な存在である忍者を、なんとかしろ。

YES_MY_GOD。


神託である以上、逆らうという選択肢そのものが存在しない。

とはいえ、今この場で忍者を刈り取るのは、あまりにも早計。何せこの男、帝都を焼け野原にすると平然と口にし、世界規模の混乱へ直結する思想を抱えている。どうせなら、その混乱を極限まで育ててから回収したい――そんな欲が、私の内側に確かにあった。


だが、神託は絶対だ。

「なんとかしろ」と言われた以上、野望を阻止すればよい。即刻処刑までは求められていない。

そこに、私が動ける余地があるのではないかと考えていた。


対面の忍者は、こちらの内心など露ほども知らぬまま、自身の“世界革命計画”を大真面目に語り続けている。


「聖女さん。やはり俺は、まず帝都を根本から作り直すところから始めようと思います」


――出た。

帝都とは、古代人の技術の極致であり、専門知識と緻密な都市設計思想が幾重にも積み重なった超大規模構造体だ。街づくり素人の忍者集団が、まともに再構築できるわけがない。ましてや帝国には“世界最強戦力”たる三条家が君臨している。革命など、成功する道理がどこにあるというのか。


だが忍者は、私が適当に頷いているだけの表情を、どうやら“理解者の微笑み”だと盛大に誤解したらしい。

次の瞬間。

驚くほど無警戒に、清純そうな聖女へ向けて、勧誘という名の一撃を放ってきた。


「聖女さん。もし宜しければ、僕の志に力を貸していただけませんか!」


声に宿る熱が、ぱちん、と弾ける。

ギルドメンバーがざわつき、重戦士の顔には露骨な苦味が浮かび上がった。


手伝いとは、帝都再建を名目とした大規模破壊工作の片棒担ぎに他ならない。

聖女である私が、そんな行為に手を染められるはずがない。

いや、正確に言えば――信仰心が地の底まで落ちるので、絶対にやりたくない。即刻断るべき案件だった。


……というものの。

その瞬間、脳内にひらめきが走った。


これは『SKILL_VIRUS』を撃ち込む、千載一遇の好機ではないか、と。


神託の核心は“帝都破壊計画の阻止”。

忍者の野望を折れば目的は達成される。命までは求められていない。

『影使い』を奪ったとしても、彼が生きている限り、再び混乱を撒き散らす可能性は高い。それは結果として、私への信仰心を再生産する未来にも繋がる。


ならば。

実行するまでだ。


忍者(こうた)様からのご提案について、お答えいたします」


その一言で、ざわついていた会議室が、ぴたりと硬直した。

沈黙が鋭く落ちる。空気は研ぎ澄まされた刃へと変わり、誰もが息を呑む。

重戦士の視線には、「余計なことを言うな」という圧が、はっきりと宿っていた。


……遊び心が疼いたというものの、今は神託の遂行が最優先だろう。


「私は神に仕える身。全ては神の御心に、お委ねしたいと思います」


「神の意思……それは、一体どのように確かめるのですか?」


「はい。大変僭越ですが、忍者(こうた)様のお手に、少し触れさせていただけますか」


「は、はいっ!もちろんです!」


忍者の声が、見事に裏返った。

立ち上がる勢いは弾けるようで、その純度の高さに、思わず眩暈がしそうになる。

……チョロい。実に、チョロすぎる。


顔を真っ赤に染め、緊張からか肩を小刻みに震わせているその姿は、美少女に対する免疫が皆無な童貞青年、そのものだった。

視線の置き場にも困っているのだろう。目は泳ぎ、呼吸は浅く、指先だけがやけに力を帯びている。


室内にいる冒険者たちの視線が、一斉にこちらへと集まる。好奇と警戒、戸惑いと興味がない交ぜになった、熱を帯びた視線だ。

その空気を背中に受けながら、私は静かに席を立った。椅子がきい、と小さく鳴る。その音すら、やけに大きく響いた気がする。


忍者の正面まで歩み寄り、差し出された手を見下ろす。

一瞬だけ呼吸を整え――自分の手を、そっと重ねた。


重戦士は動かない。

制止する素振りも、警戒を強める気配すら見せない。


……よし。

準備完了、である。


手と手が触れ合った、その瞬間。


『SKILL_VIRUS』、起動。

『影使い』の崩壊、開始。


内奥を貫くように、黒い稲妻が走った。

視界が揺れるほどの衝撃ではない。だが確かに、深部で“何か”が壊れていく。スキルの構造そのものが、きしりとも音を立てず、しかし確実に、音もなく崩れ落ちていく感覚が、皮膚越しに、神経を通して伝わってきた。


忍者の方を見ると――

彼はというと、あくまで大真面目な顔のまま、私の手をぎゅうううっと握り続けていた。


……離す気配が、まるでない。

いや、ないどころか、むしろ力が増している気さえする。


免疫が無さすぎるのだろうか。

少しくらいなら、耐えてやるべきなのかしら。とはいうものの、これはさすがに長すぎる。


新人冒険者たちへ視線をやると、全員が、見事なまでにドン引きした表情を浮かべていた。口を半開きにした者、目を逸らす者、仲間の肩をつついてひそひそと囁き合う者。


……申し訳ない。

さすがに、これ以上は無理です。


忍者(こうた)様。恐れ入りますが、そろそろお手をお離しいただけると幸いです」


「し、失礼いたしました」


忍者は我に返ったように、ばっと手を引っ込めた。

その刹那――


再び、神託が脳裏へと降り注いできた。


『忍者討伐完了。信仰心、上昇』


……よし。

処刑に至ることなく、神託を満たした。


『SKILL_VIRUS』は遅効性。

完全消滅まで、7日。


その間、スキルの使用感はじわじわと悪化していく。思い通りに動かない違和感、僅かな遅延、感覚のズレ。とはいうものの、本人がそれを“破壊された結果”だと気付くことは、まずないだろう。


変革の力は失われる。

だが、志だけは残る――私はそう踏んでいた。


さて。

目的は果たした。


これからどう動くべきか、と考え始めたその時だった。

忍者が、控えめながらも真っ直ぐな声音で問いかけてくる。


「聖女さん。神からの答えはどうでした?」


ああ、そうだった。

“伝ってほしい”などという、物騒な依頼を受けていたのだったか。


返事をするのを、すっかり忘れていた自分に呆れそうになる。

もっとも、忘れるほど価値がなかったとも言える、ものの。


視線を上げると、重戦士がこちらを射抜くような鋭さで睨んでいた。

まるで「逃げる気か」と全身で訴えているようだ。


はいはい、分かっていますってば。

あなた方の企みを妨害するつもりは、微塵もないし、それに――もう、ここに留まる理由もない。


ならば。

適当に、“もっともらしい返事”で幕を引くとしましょう。


私はゆっくりと目を見開き、緊張で喉を鳴らす忍者へ視線を合わせた。

空気が、わずかに沈む。

室内に充満していた熱気が揺らぎ、呼吸音すら吸い込まれていくような、張り詰めた気配が生まれていた。


「神からの返答をお伝えします。現在所属しております美人賢者(アメリア)パーティーでの務めを……やり遂げよ、との仰せでした。ゆえに、申し出の件をお受けすることは出来ません」


静かに。

しかし、確かに響き渡る声で告げた。


途端に、忍者は分かりやすく肩を落とすと、はぁ……と、深い落胆の吐息を零している。


一方、重戦士は大きく胸を撫で下ろし、顔いっぱいに安堵を咲かせていた。

他の面々も同様だ。期待していた者、警戒していた者、最初から諦めていた者――それぞれの想いが、そのまま表情に滲み出ている。


……観察していると、なかなかに面白い。


まぁ、こうして信仰心だけはしっかり上がった。

きっとこれは、結果オーライ、というやつなのだろう。


——————


私はミッションを終え、屋敷を離れ、海岸通りへ出てきていた。


潮と陽光が混ざり合った風が、ぶわりと吹き抜ける。

遠くで汽笛が鳴り、ざああ、と寄せ返す波の音が耳朶を心地よく震わせた。昼の陽光は容赦なく、照り返しが頬を刺すほどに強烈である。


海鳥が獲物をくわえて飛ぶのを、別の鳥が急降下して奪い取ろうとしている。

その小さな攻防に、子供が跳ねるように指を突き出し、両親へ何事か叫んでいた。


その無邪気さに、自然と口元が緩む。


海を滑るように進む船の列を眺めつつ歩いていると、ふいに横へ影が差した。

強斥候が、音もなく歩調を合わせてきたのだ。


戦場を知る者の足音とは、これほどまでに軽いものなのか。

思わず感心してしまう。


「三華月様。忍者(こうた)とのお話は、うまくいったのですか?」


「完璧です。強斥候(ふぶきつき)の方はどうでした?」


強斥候は親指を突き立て、勝負師めいたニヤリとした笑みを浮かべている。


“オリオン”。

A級冒険者を選抜するための、変わり種の試験だ。


B級上位4名が、それぞれパーティーを率い、実戦形式で評価される。

小競り合いではない。ほとんど、小規模な戦争である。


B級1位は忍者。

2位は美人賢者。


だからこそ私は、B級3位と4位の動きを、強斥候に探らせていたのであった。

強斥候は歩幅を少し大きくしながら、軽い調子でその報告をしてきた。


「他2組、当然っすが忍者が勝つと踏んでるようっすね」


まぁ、予想どおりだ。

忍者の強さは、帝都中に知れ渡っている。


問題は――

その2組が、“共闘”を持ちかけるかどうか。


オリオンでは、パーティー同士の協力は禁止されていない。

力関係が拮抗するなら、弱者同士が手を組み、強者へぶつける戦術も理に適う。


「2組とも、忍者へ接触したみたいっすよ」


「忍者へ共闘の申し入れ……というわけですか?」


「その通りっす。そしてこのあと、B級4位の連中が僕らへアプローチしてくる……そう読んでるっす」


確信に満ちた笑みだった。


B級4位が忍者に断られたなら、次点――B級2位である私たちへ声をかけてくるのは必然。

その口ぶりには、単なる推測を超えた、確かな手応えが滲んでいる。


そして案の定。

程なくして、B級4位パーティーから共同戦線の申し入れが届いたのであった。


——————


オリオン前日。

太陽は空のほぼ真上に張りついたような位置で、白く、容赦なく輝いていた。

その光は石畳へと真っ直ぐに降り注ぎ、影という影をぎゅっと力任せに押し潰し、輪郭だけを短く地面に貼りつけている。

昼の盛り。都市が最も騒がしく、同時に最も油断が生まれる時間帯だった。


帝都中心部。

由緒と格式を誇る老舗レストランの奥、そのさらに奥まった一角に設えられた個室が、今日に限って丸ごと貸し切られている。

そこで始まっているのは、B級4位――通称《指揮者》率いるパーティーとの作戦会議だ。


共闘を持ちかけてきたのは向こう。

それを受諾したのがこちら。

立場としては対等だが、互いに腹の内を探り合う、静かな緊張が場を満たしていた。


個室の中央には、重厚な木製の長方形テーブルがどんと据えられている。

8人掛けとはいえ余裕のあるサイズで、磨き込まれた天板が淡く光を反射していた。

その長辺を挟み、美人賢者と指揮者が、真正面から向かい合って腰を下ろしている。


指揮者。

冒険者としては異例とも言える、50代を越えた痩身長躯の男だった。

剣を振るう腕力はなく、魔法の才も皆無。

純粋な戦闘力だけを見れば、正直に言って一般人以下――下手をすれば、街の警備兵にも及ばない。


――とはいうものの。

彼の持つ“戦術眼”だけは、明らかに規格外だった。


戦場全体を俯瞰し、敵味方の配置、士気の揺らぎ、時間経過による消耗、地形の変化までも計算に入れる。

そして、それらを一瞬で咀嚼し、最適解を導き出す。

単独では凡庸。

だが複数のパーティーを束ねた瞬間、その男は化ける。


まさしく、生きた参謀本部。

その呼び名に、何ひとつ誇張はない。


彼らのパーティーは、索敵と防御に特化した5名構成。

堅実で慎重、無駄な消耗を徹底的に嫌い、これまで数々の任務を確実にこなしてきた実績を持つ。

とはいうものの――

A級迷宮に挑むには、どうしても火力が足りない。


その不足分を補うための共闘。

それが、今回の会合の本質だった。


私はというと、壁際に並べられた椅子のひとつに腰を下ろし、背中を壁に預けたまま、二人のやり取りに耳を澄ませていた。

口は挟まず、視線も最小限。

気配を殺し、ただ静かに。


指揮者側から提示された条件は、実に明確だった。

共闘の対価として――


「アメリア様がA級に昇格された暁には、新設予定のギルドに、ぜひ幹部として迎えてほしい」


その言葉に、美人賢者は一瞬たりとも迷わない。

柔らかな笑みを浮かべ、間を置かずに答えた。


「ええ、前向きに検討しましょう」


その即答に、場の空気がふっと緩む。

緊張の糸が、わずかに緩んだ音がした気がした。


戦術、役割分担、想定ルート。

話が具体へと進む中で、指揮者はふと、探るような視線をこちらへ投げてくる。

そして慎重に、言葉を選びながら口を開いてきた。


「……先日、アメリア様方が“超S級”と称されるコカトリスを討伐なさったと伺いました。どのような戦術を用いられたのか……差し支えなければ、ぜひ参考までにお聞かせ願えますか」


その瞬間。

空気が、ぴん、と張り詰めた。


コカトリス討伐には、上級聖人職セイグリッドウォールの存在が、ほぼ必須とされている。

さらに前衛には、最低でもS級冒険者が揃っていなければ話にならない。

つまり、この質問は単なる好奇心ではない。


――私達の“真の力量”を探っている。


……だというのに。


なぜか、余計な口を開いた者がいた。


勇者である。


部屋の隅で大人しくしていろと、あれほど釘を刺しておいたにもかかわらず。

彼は得意げな表情を浮かべ、ガタン、と大きな音を立てて椅子を蹴り、腕を組んで言い放った。


「コカトリスの話が聞きたいってか? まあいいけどよ。実のところ――俺達は何もしてねぇんだわ」


「……何も、ですか? それは、どういう……」


「ふっ。ただ見物してただけなんだよ」


「……見物、ですか?」


「そうだ。そこに座ってる聖女が、たった1人でコカトリスを屠ったんだ。俺達は、その戦いを眺めてただけだぜ」


しん。

音が、消えた。


室内が一瞬で凍りつく。

指揮者パーティーの5人は完全に言葉を失い、未知の怪物でも目の当たりにしたかのような目で、私を凝視してきた。


おいおいおい、君たち。

――鬼可愛い女の子が最強という法則を、ご存じないのかしら。


その空気を叩き割るように、今度は強斥候が、追い討ちと言わんばかりに胸を張って立ち上がる。


「人を外見で侮るのは早計だったってわけっす。ゴスロリ喫茶のメイドで“ご主人様♡”とか言ってそうな聖女に見えるかもしれませんが、ギャハハハハ。中身は猛獣なんすよ!」


「そう言うことだ。実際に俺達は暴力で支配されているわけよ! 凶悪無比とはまさにこのことだな!」


「具体例を言いますと、三華月様の鉄拳制裁を頂戴したら、僕レベルでもなけりゃ大事故級になるっすよ!」


ぺらぺら、ぺらぺら。

勇者と強斥候は、なぜか私の武勇伝を、自分達の栄光であるかのように誇らしげに喧伝していた。


……楽しそうで何より、なのだけれど。

あなた達、どうしてそんなに偉そうなのかしら。

どう聞いても、うんこ勇者&強斥候の自慢話にしか聞こえないのは、私の気のせいだったのだろうか。


「とにかくよ。俺達の邪魔だけはするんじゃねぇぞ」


「三華月様に全て任せろっす」


……これ、完全に私があなた達の手下扱いされていません?

いや、気のせい。

気のせいだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の頭の中の独り言が面白い。 ボケ、突っ込みみたいな感じで一人で完結してる。 あとで、じわじわくるものがあります。 飲み物を飲んでいるときに吹き出しそうになる時がある。 容赦ない感じも…
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