第八章 王子たちの思惑
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謁見の翌日、俺は城の廊下で、第三王子であるガレオン兄上に呼び止められた。がっしりとした体格で、王位継承権第一位に最も近いとされる人物だ。
「レイン。少し噂を耳にしたぞ。魔族を単独で討伐したそうだな」
「はい、幸運にも」
「謙遜するな。魔導士長からも聞いている。お前の魔力は、只者ではないとな」
ガレオン兄上は俺の肩を、少し強めに叩いた。
「継承権のないお前が、そのような力を持っていることを、面白く思わぬ者もいるだろう。俺は構わんが、な」
「兄上は……気にならないのですか?」
「気になるさ。だが力ある弟がいるのは、悪いことではない。何かの折には、頼りにさせてもらうぞ」
豪快に笑って去っていくガレオン兄上を見送りながら、俺はほっと息をついた。少なくとも彼に敵意はなさそうだ。
だが、王城というのは広い。全ての兄弟が、ガレオン兄上のように鷹揚な人物とは限らない。
その日の午後、庭園で剣の稽古をしていた俺の前に、今度は第五王子のヴィレム兄上が現れた。線が細く、神経質そうな目つきをした人物で、以前から俺のことをあまり快く思っていないという噂は耳にしていた。
「レイン。随分と、目立った真似をしているようだな」
「兄上……」
「継承権もない身で、魔族討伐だの冒険者活動だの。まるで、自分が特別だとでも言いたげだ」
「そういうつもりでは」
「王族としての矜持を忘れるな。お前のような半端者が目立てば目立つほど、我々の格が下がるということを、少しは考えたらどうだ」
ヴィレム兄上は吐き捨てるようにそう言うと、踵を返して去っていった。俺はしばらく、その背中を見つめたまま動けなかった。
「気にすることはない」
いつの間にか隣に来ていたズィルガードが、俺の肩に手を置いた。
「継承権を持たぬ者が力を持つことに、脅威を感じる者もいる。人の世とは、そういうものだ」
「わかってるさ。でも……」
「割り切れないのが、人間らしさというものだろう」
ズィルガードは珍しく、からかうでもなく、真面目な口調でそう言った。竜として長く生きてきた彼の目には、人間同士のこうした確執が、どう映っているのだろうか。
その夜、俺の部屋を訪ねてきたのは、意外な人物だった。第二王女――俺にとっては異母姉にあたる、リゼットだった。物静かで、あまり社交の場に出てこない人らしいと聞いていたが、直接顔を合わせるのは数えるほどしかない。
「夜分に失礼するわ、レイン」
「姉上……どうかされましたか」
「昼間、ヴィレムに何か言われたそうね」
噂の伝わる速さに、俺は少し驚いた。
「大したことでは」
「あの子は昔から、そういう子なの。自分より優れた者が現れると、不安になってしまう性分でね」
リゼット姉上は静かにそう言うと、少し寂しげな笑みを浮かべた。
「この城は、表向きは華やかだけれど、内側は思っているより息苦しい場所よ。継承権のあるなしに関わらず、みんな何かに縛られている」
「姉上も、ですか」
「ええ。だから――あなたが自由に、自分の道を歩んでいるのを見ると、少し羨ましいの」
意外な言葉だった。俺はしばらく言葉を探して、それから正直な気持ちを口にした。
「もし姉上が、何か力になれることがあれば、いつでも言ってください。継承権はなくても、これでも一応、王子ですから」
リゼット姉上は少し驚いた顔をした後、ふっと柔らかく笑った。
「頼もしいこと言うのね。……ありがとう、レイン。覚えておくわ」
彼女が去った後の部屋で、俺はしばらく考え込んでいた。この城には、ガレオン兄上のように鷹揚な者もいれば、ヴィレム兄上のように棘のある者もいる。そしてリゼット姉上のように、静かに何かを抱えている者もいる。
九人の王子、六人の王女――それぞれに、それぞれの思惑と孤独があるのだろう。
「難しい顔をしているな」
窓の外から、ズィルガードがひょいと顔を出した。竜が窓から顔を出す図というのは、何度見ても慣れない。
「色々考えることが増えたなと思って」
「悪いことばかりではないだろう。味方になってくれる者もいれば、そうでない者もいる。それが分かっただけでも収穫だ」
「お前は、たまにいいこと言うよな」
「たまに、は余計だ」
ズィルガードは苦笑しながら、部屋の中へと入ってきた。
「それより、魔族の件だ。あの黒い石――私なりに、少し調べてみようと思う」
「大丈夫なのか?」
「なに、竜のネットワークというのは、思いのほか侮れんぞ。同胞たちにも聞いて回ってみよう」
ズィルガードの言葉に、俺は小さく頷いた。魔族と手を結ぶ何者かの存在。兄弟たちとの複雑な関係。俺の「のんびりスローライフ」は、思っていた以上に多くのものを抱え込みつつあった。
それでも――と、俺は窓の外に広がる王都の夜景を見つめながら思う。
アリシアがいて、ズィルガードがいて、ノエルという新しい友人もできた。ガレオン兄上のような理解者もいれば、リゼット姉上のように静かに寄り添ってくれる人もいる。
どれだけ厄介事が増えようとも、この温かい繋がりがある限り、俺はきっと大丈夫だろう。
水面下で蠢く陰謀の影は、まだ誰にもその全貌を見せていなかった。だがそれが、遠くない未来に、この国全体を揺るがす大きな戦いへと繋がっていくことを――俺はまだ、知らない。
僕が嫌いな人もいたり、好きな人もいたりする。人間社会でも一緒だなと思いました。




