第六章 初依頼と少女との出会い
頑張ります
依頼の現場である森の外れに着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。緑深い木々の間を進みながら、俺はズィルガードに小声で尋ねる。
「本当に手伝ってくれないのか」
「安心しろ、危なくなったらすぐに助ける。だが今のお前の実力を、私自身の目で確かめておきたい」
「過保護なんだか放任なんだか、よくわからないな、お前」
木々の合間から、ガサガサという音が聞こえてきた。振り返ると、依頼書にあった通りの大きな猪型の魔物――「ブラッドタスク」と呼ばれる個体が、鼻息荒くこちらを睨んでいる。牙は人の腕ほどの太さがあり、突進力も相当なものだと聞いていた。
「うおおおおっ!」
いや、格好つけて叫んだわりに、突進してきた猪の速度は想像以上だった。俺は横に転がるようにして躱し、体勢を立て直しながら剣を構える。
(落ち着け。魔力を、剣に流す感覚だ)
あの魔族戦以来、俺は少しずつではあるが、自分の力の使い方を掴みつつあった。剣に魔力を纏わせると、刃がうっすらと青白く輝きだす。
「はっ!」
振り向きざまの一撃が、猪の側面を捉えた。悲鳴じみた鳴き声を上げながら、猪はよろめく。だが、まだ息はある。
「しつこいな……!」
もう一撃、今度は正面から。大きく踏み込んで放った渾身の突きが、猪の急所を正確に貫いた。ずしんという重い音とともに、巨体が地面に倒れ込む。
「……よし!」
肩で息をしながら剣を鞘に収めると、木の陰から拍手の音が聞こえた。
「見事なものだな。危なげない太刀筋だった」
「見てるだけって言ったくせに、しっかり見てたんじゃないか」
「約束は違えていないぞ。手は出していない」
俺が呆れながら息を整えていると、ふと近くの茂みから、小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ……!」
驚いて振り返ると、一人の少女が尻もちをついてこちらを見上げていた。年の頃は俺と同じくらい、灰色がかった髪を短く切り揃え、粗末だが動きやすそうな服装をしている。腰には短剣を差しており、どうやら彼女も冒険者らしい。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい……。すみません、その魔物を狙っていたんですけど、先に討伐されてしまって……」
彼女はばつが悪そうに頭を掻いた。話を聞くと、彼女もまた同じ依頼を受けていた新人冒険者で、単独でこの猪型魔物に挑もうとしていたところだったらしい。
「一人でこの魔物を狙ってたのか。結構危ない相手だぞ」
「わ、分かってます! 私だって、これくらいの相手、本当は倒せるんですから!」
むきになって言い返してくる様子が、なんとなく微笑ましい。俺は倒した魔物の亡骸を見やってから、彼女に向き直った。
「討伐部位、必要か? 依頼の報告には俺の分だけあれば十分だし、良かったら牙とか毛皮とか、持っていってくれて構わないけど」
「え……いいんですか?」
「一人でここまで来て挑もうとしてたんだ。それくらいの根性は評価する」
少女はしばらくきょとんとした顔をしていたが、やがて頬を赤らめながら、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……! えっと、私、ノエルって言います。銅級冒険者です」
「俺はレイン。同じく銅級」
「レインさん、ですね。覚えました」
こうして俺は、ノエルという同い年くらいの少女の冒険者と知り合うことになった。この出会いが、後々に大きな意味を持つことになるとは、この時の俺は思いもしていなかった。
「良い出会いだったな」
帰り道、ズィルガードがぽつりと呟いた。
「まあな。同世代の冒険者仲間ができるのは、悪くない」
「そういう意味だけではないと思うがな」
「どういう意味だよ」
「さあな」
ズィルガードはにやにやと笑うだけで、それ以上は答えてくれなかった。竜という生き物は、こういうところで妙に人間くさい茶化し方をしてくる。
王城に戻ると、玄関先でアリシアが心配そうな顔で待っていた。
「レイン様、お怪我はありませんか!」
「大丈夫だって。ちゃんと依頼もこなしてきたぞ」
「良かった……。本当に、心配で心配で……」
アリシアは俺の顔や手を確認しながら、大きく息を吐いた。その様子を見ていたズィルガードが、また意味ありげに笑っている気配がしたが、俺は見なかったことにした。
こうして、俺の冒険者としての第一歩は、無事に―いや、多少の波乱を含みながらも、幕を開けたのだった。
だが、この王都の片隅で芽生えた小さな縁の数々が、やがて訪れる大きな戦いの中で、俺を支える力になっていくことを、俺はまだ知らない。
よろしくお願いします




