第三章 龍は少年の姿で現れる
竜ってかっこいいなと思う僕です。
魔族騒動から数日後。俺は城の裏手にある庭園で、剣の素振りをしていた。目覚めた力を、少しでも自分のものにしておきたかったからだ。
「――なかなか筋がいいな、小僧」
声をかけられて振り返ると、そこには見知らぬ少年が立っていた。年の頃は俺と同じか、少し上くらい。銀色の長い髪に、金色の瞳。着ている服はやけに古めかしいデザインで、どこか浮世離れした雰囲気を纏っている。
「誰だ? ここは王城の敷地内だぞ」
「知っている。お前を探して来たのだからな」
少年は庭園の木の枝に、まるで重力を感じさせないような軽やかさで飛び乗った。
「俺を?」
「先日、魔族を斬った小僧がいると聞いてな。この国の空を根城にしている者として、放っておけなかった」
「空を根城に……?」
まさか、と思う俺の視線の先で、少年の背後に、陽炎のようなものが揺らめいた。次の瞬間、少年の輪郭がぶれ、見上げるほど巨大な竜の姿がそこに現れた。銀色の鱗が、日の光を受けて眩しく輝く。
「……は?」
「驚いたか。私は竜だ。人の姿にも変じられる、というだけの話だ」
竜は再びぶれて、少年の姿に戻った。あまりにあっさりとした変化に、俺はしばらく声も出なかった。
「名を、ズィルガードという。この地に古くから棲む竜だ」
「レイン、です。ええと、第九王子の」
「知っている。継承権もない、落ちこぼれと呼ばれていた王子だろう」
「その言い方、ちょっと傷つくんだが」
ズィルガードはくつくつと笑った。人の姿をしていても、笑い方にはどこか獣めいた獰猛さが滲んでいる。
「案ずるな。今のお前を落ちこぼれと呼ぶ者は、この森にはいない。あの魔族、下級とはいえ並の騎士では手こずる相手だ。それを子供の身で一撃で仕留めるとはな」
ズィルガードは俺の目の前まで歩み寄り、じっと顔を覗き込んできた。
「小僧、お前――魂の匂いが、この世界の者と違うな」
「な……」
「別に、責めているわけではない。むしろ興味深い。長く生きてきたが、そういう手合いは初めてではない。異界渡りの魂、というやつか」
図星を突かれて、俺は言葉に詰まった。この竜、見た目以上に何もかも見透かしているらしい。
「安心しろ。詮索するつもりはない。ただ、な」
ズィルガードは、その金色の瞳を細めた。
「近ごろ、この大陸で魔族の動きが活発になっている。単なる野良の魔族が街に出るなど、この十年なかったことだ。何か、良からぬ企みが進んでいるのかもしれん」
「良からぬ企み……」
「私は気まぐれに生きる竜だが、この地を荒らされるのは好かん。だから、提案がある」
ズィルガードはにやりと笑った。どこか悪戯っぽい、少年らしい笑みだった。
「お前と、契約を結んでやろう。私はお前の力になる。その代わり――退屈しのぎに、お前のそばで人間らしい暮らしとやらを見学させてもらう」
「見学って、お前……竜が友達の代わりみたいなノリで言うのか、それ」
「不服か?」
「いや、別に。歓迎するよ」
俺は思わず笑ってしまった。前世で人生を終えたときには考えもしなかった展開だ。まさか異世界で、竜と友達になる日が来るとは。
「よろしくな、ズィルガード」
「うむ。よろしく頼む、レイン」
差し出した手を、ズィルガードはしっかりと握り返してきた。人間離れした握力に、思わず顔をしかめる。
「――ところで、この城には美味い飯はあるか? 人の姿を維持するのは、腹が減るのでな」
「……お前、本当に竜か?」
こうして俺のスローライフ(のはず)の傍らに、頼れる――そして食いしん坊な竜の相棒が加わることになった。
まだこの時の俺は知らなかった。この国の水面下で、魔族たちが何かを企んでいることも、それが自分の運命を大きく揺さぶることになることも。
だが今は、目の前にある小さな幸せ――アリシアの淹れてくれるお茶と、ズィルガードとの他愛のない会話を、素直に楽しむことにしよう。
のんびりスローライフは、まだ始まったばかりなのだから。
よろしくお願いします




