第十七章 尾行の夜
少し探偵みたいでスリルなエピソードです。
ガストンの監視を始めてから、十日ほどが経っていた。ズィルガードは人化した姿のまま、時に城の使用人に紛れ、時に街の物陰に潜みながら、辛抱強く彼の動向を追い続けていた。
「今のところ、目立った動きはない。城と屋敷、商業区を往復する、平凡な日々の繰り返しだ」
夜の中庭で報告を受けながら、俺は少し焦れったさを感じていた。
「本当に、何か企んでるのか?」
「焦るな。相手も慎重なはずだ。尻尾を出すとすれば、警戒が緩む瞬間だろう」
ズィルガードの言葉通り、変化が訪れたのは、その三日後の夜だった。
「動きがあった」
夜半、俺の部屋の窓を叩く音で目を覚ますと、ズィルガードが険しい顔で外に立っていた。
「ガストンが、城下の外れにある廃倉庫街に向かった。普段とは明らかに違う、人目を避けるような足取りでな」
「今からか」
「うむ。お前も来るか?」
「当然だ」
俺は手早く支度をすると、ズィルガードと共に、闇に紛れて城を抜け出した。人化した竜の身体能力は驚くほど高く、屋根伝いに移動する彼について行くのは、正直かなり骨が折れた。
廃倉庫街は、かつて栄えていた商業地区が、時代の流れと共に寂れてしまった一角だった。壊れかけた建物が並び、人の気配はほとんどない。
「あそこだ」
ズィルガードが指差した先、一際大きな倉庫の中から、微かな灯りが漏れていた。俺たちは物陰に身を潜め、慎重に近づいていく。
倉庫の隙間から中を覗き込むと、そこにはガストンらしき人物と、黒い外套を纏った、複数の人影が向かい合っていた。
「――計画通りに進んでいるのか」
ガストンの声が、緊張した様子で響く。黒い外套の一人が、低く落ち着いた声で応じた。
「順調だ。お前が用意した『第九王子の詳細な行動記録』、あれは非常に有用だった」
「私の記録が……」
「ヴィレム殿下の側近という立場、上手く使わせてもらったぞ」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。ヴィレム兄上の名前が、こんな形で出てくるとは。
「あの……ヴィレム殿下ご自身は、この件について」
「無論、何もご存知ない。あの方は、ただ我らにとって都合の良い『不満分子』として、そこに存在していただければそれでいい」
黒い外套の男は、嘲るような口調でそう言った。
「お前が我らの手先になったのも、あの方への忠誠心からではあるまい。……もっと単純な理由だったな」
「……金だ。それだけのことだ。私は借金を抱えていた。あんたたちが、それを肩代わりすると言ったから」
ガストンの声には、自嘲と後ろめたさが滲んでいた。
「今さら、良心の呵責でも覚えたか?」
「……いや。もう、引き返せないのは分かっている」
その会話を聞きながら、俺の中に複雑な感情が渦巻いていた。ヴィレム兄上は本当に無関係だった――その事実にほっとする一方で、ガストンという男の弱さにつけ込んで利用する組織の狡猾さに、強い怒りを覚えていた。
「レイン、聞こえたか」
ズィルガードが小声で囁いた。
「ああ。ヴィレム兄上は無関係だ。だが、ガストンが完全に組織側に取り込まれてる」
「証拠としては十分だろう。だが、もう少し情報を集めたい。今夜のところは、これ以上深入りせず、退くべきだ」
「わかった」
俺たちは物音を立てないよう、慎重にその場を離れようとした。だが――。
「――そこにいるのは、誰だ」
突然、倉庫の中から鋭い声が響いた。窓の隙間から漏れていたわずかな灯りに、俺の影が反射してしまっていたらしい。
「まずいな」
「逃げるぞ、レイン」
ズィルガードが俺の腕を掴んで走り出した瞬間、倉庫の扉が勢いよく開き、黒い外套の男たちが飛び出してきた。
「捕らえろ! 顔を見られてはまずい!」
夜の廃倉庫街に、緊迫した空気が満ちた。
楽しんでいただけると幸いです




