第十三章 フィオナからの情報
探偵みたいでドキドキします。手がかりという言葉が好きな自分です。
「――というわけで、これが集められるだけの資料よ」
王城の書庫、その奥にある小部屋に、フィオナが山のような書物と羊皮紙を積み上げていた。傍らには、静かに本のページをめくるレティシアの姿もある。
「思ったより集まったな」
「社交界の噂話って、馬鹿にできないのよ。特に、辺境の領地を持つ貴族たちの間では、ここ最近『妙な行商人』の噂がちらほら出ていたの」
フィオナは一枚の紙を俺の前に広げた。それは彼女なりに、聞き集めた噂を整理したものだった。
「東部のカルヴィン辺境伯領、南部のロゼット男爵領、それに北のダレン子爵領。この三つの領地で、それぞれ独自に『黒い外套の行商人』の目撃情報があるわ」
「見事な情報網だな……」
「お茶会は、伊達にやってないのよ」
フィオナは得意げに笑った。継承権とは無縁の立場だからこそ、警戒されずに様々な話を聞き出せる、という側面もあるのだろう。
「レティシア姉上の方は?」
「私は、古い文献を中心に調べていたわ」
レティシアは静かに一冊の古びた書物を差し出した。表紙には、竜語にも似た古代文字が刻まれている。
「この『隷属紋』に似た術式について、書庫の禁書扱いの棚に、断片的な記述を見つけたの」
「禁書……そんなものがあるのか」
「王族には、閲覧権限があるから。ただ、内容は決して穏やかなものじゃないわ」
レティシアはページをめくり、一箇所を指し示した。古い文字で綴られたその記述を、俺は目を凝らして読み解いていく。
「かつて――今から二百年ほど前、大陸の一部で、魔族と手を結んだ人間の集団が存在した、と書かれているわ。彼らは『黒衣の同盟』と呼ばれていたそうよ」
「黒衣の……」
「その集団は、魔族から得た禁忌の術式を使い、人間社会に混乱を招こうとしたの。当時の教会と各国の連合軍によって、辛くも鎮圧されたと記録にはあるわ」
「二百年前に鎮圧されたはずの組織が、今また動いている、ってことか?」
「断定はできないけれど……この紋様の類似性を見る限り、何らかの繋がりを疑うのが自然だと思うわ」
俺は資料の山を見渡しながら、事態の根深さに改めて背筋が寒くなる思いがした。単なる一時的な陰謀ではなく、二百年という長い時をまたいで受け継がれてきた、根深い企みかもしれないのだ。
「フィオナ姉上、レティシア姉上、ありがとう。すごく助かる」
「当然のことをしたまでよ。それに――」
フィオナは少し声のトーンを落とした。
「私たちだって、この国の一員なんだから。継承権がないからって、何もしないわけにはいかないでしょう」
「兄様、私からも一つ、忠告しておくわ」
レティシアが静かに書物を閉じながら言った。
「もしこれが本当に『黒衣の同盟』の再来だとしたら――相手は、あなたたちが思うよりずっと狡猾で、忍耐強い組織かもしれない。二百年の時を経て、また動き出すほどの執念を持っているのだから」
「肝に銘じる」
「それと、これは私の勘でしかないけれど」
レティシアは少し言いにくそうに、言葉を続けた。
「もし本当に、そういう組織が城の外だけでなく、城の内側にも協力者を持っているとしたら――ヴィレム兄様のような、あなたに反感を持つ人たちの存在は、利用されやすいと思うの」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
「ヴィレム兄上が、その組織と繋がってるってことか?」
「そこまでは言っていないわ。ただ、注意は必要ということよ。反感や嫉妬という感情は、外部から付け込まれやすい隙になるものだから」
フィオナが慌てて補足する。
「誤解しないでね、レイン。私たちだって、ヴィレム兄様のことを疑っているわけじゃないの。ただ、あらゆる可能性を考えておくべきだと思っただけ」
「わかってる。心に留めておくよ」
俺は資料をまとめながら、この情報を早急にズィルガードと共有すべきだと考えていた。二百年前の『黒衣の同盟』、複数の領地にまたがる目撃情報、そして城内における警戒すべき隙。パズルのピースが、少しずつ形になり始めている。
「二人とも、本当にありがとう。この件が片付いたら、改めて礼をさせてくれ」
「別に、お礼が欲しくてやったわけじゃないわよ。ただ、あなたが危険な目に遭わないように――それだけが、私たちの願いだから」
フィオナの言葉に、レティシアも小さく頷いた。継承権を持たない者同士の、静かで確かな連帯。この城の片隅に、確かにそういう絆が育まれつつあることを、俺は改めて実感していた。
よろしくお願いします




