第一節 末っ子たちの茶会
お茶会です。ほんわかエピソードです。
「レイン兄様! 久しぶりです!」
王城の中庭に足を踏み入れた途端、小さな影が勢いよく飛びついてきた。俺より三つ下、第十一王子というより、末っ子の王子であるティモという少年だった。
「うわっ、危ない。元気そうだな、ティモ」
「兄様が全然遊びに来てくれないから、寂しかったです!」
「悪い悪い。最近は冒険者活動で忙しくてな」
ティモは俺の腰にしがみついたまま、じとっとした目でこちらを見上げてくる。九人いる王子の中でも、俺とティモは年が近く、王位継承からも遠い立場ということもあって、昔からよく一緒に過ごしていた。
「今日は久しぶりに、姉様たちとお茶会をする予定だったんです。兄様も一緒にどうですか?」
「姉様たち?」
「フィオナ姉様と、あとレティシア姉様も来ます」
第七王女のフィオナと、第十王女のレティシア。どちらも、俺と同じく王位継承権とは縁のない、末端に位置する王女たちだった。九人の王子と六人の王女、その全員と親しいわけではないが、この「継承権のない組」とでも呼ぶべき面々とは、自然と距離が近くなる。
「せっかくだし、顔を出すか」
「やった!」
中庭の東屋には、すでに二人の少女――フィオナとレティシアが席についていた。フィオナは活発そうな赤毛の少女で、レティシアはおっとりとした雰囲気の、本好きな少女だ。
「あら、レイン。珍しいこと、来てくれたのね」
「ティモに引っ張られてな」
「ふふ、素直じゃないんだから」
フィオナがからかうように笑う。俺は席に着きながら、久しぶりに感じる、この気の置けない空気に少し安堵していた。玉座を巡る駆け引きとは無縁の、ただの兄弟としての時間。こういう瞬間が、この城には確かに存在していた。
「そういえば、レイン兄様。魔族を倒したって噂、本当なんですか?」
ティモが目を輝かせながら尋ねてくる。
「ああ、まあ、なりゆきでな」
「すごい! 僕も見たかったです!」
「危ないから見なくていい」
「レティシア姉様も、書庫でその話をしてる人たちを見かけたって言ってましたよ」
レティシアが本から顔を上げ、静かに頷いた。
「城の書庫でも、少し話題になっているわ。継承権のない王子が、実は隠れた実力者だったって。……なんだか、物語の主役みたいね」
「本の読みすぎだろ、それ」
「ふふ、そうかもしれないわね」
レティシアはくすりと笑って、また本に視線を戻した。彼女は普段あまり社交的な方ではないが、こうして時々顔を合わせると、意外と気さくに話をしてくれる。
「レイン、正直に聞くけれど」
フィオナが少し声を落として、身を乗り出してきた。
「ヴィレム兄様に、何か言われたって本当?」
噂の伝わる速さに、俺は苦笑した。この城では、内緒話というものが成立しないらしい。
「まあ、色々とな」
「あの人、昔からそうなのよ。自分より目立つ人がいると、必要以上に苛立つの。……特に、継承権のない者が目立つことに、敏感なのよね」
「敏感、というか」
「たぶん、怖いんだと思うわ。継承権があること自体が、彼にとっての唯一の拠り所だから。それを脅かされるような気がして」
フィオナの分析は意外なほど的確だった。俺は少し驚いて彼女を見る。
「よく分かってるな」
「私だって、この城で十七年生きてきたのよ。それくらいは分かるわ」
フィオナはそう言って、少し寂しげな笑みを浮かべた。
「私たち継承権のない王子・王女って、ある意味で気楽な立場だけど、同時に、少し扱いが軽く見られることもあるの。だからこそ、この中庭でのお茶会みたいな、何気ない時間が大切なのよね」
「同感だ」
ティモが二人の焼き菓子を頬張りながら、無邪気に会話に割り込んでくる。
「僕は、レイン兄様が強くてかっこいいから、それでいいと思います!」
「単純だな、お前は」
「単純が一番です!」
あっけらかんとしたティモの言葉に、東屋にいた全員が思わず笑った。こういう単純さが、時々この城の中では一番の救いになる。
しばらく他愛のない話をした後、フィオナがふと真面目な顔になって言った。
「レイン。もし、この先何か厄介なことが起きたら――遠慮なく頼ってちょうだい。私たち継承権のない者同士、助け合わないと」
「フィオナ姉上……」
「ガレオン兄様みたいに大きな力はないけど、情報を集めることくらいはできるわ。社交界の噂話には、意外と侮れない情報が転がっているものよ」
「僕も、書庫の資料を探すくらいなら手伝えます!」
レティシアが静かにそう申し出てくれた。俺はしばらく、三人の顔を見回して、じんわりと温かいものが胸に広がるのを感じた。
「ありがとう、二人とも。それにティモも」
「兄様、水臭いですよ! 僕たち兄弟なんですから!」
ティモが得意げに胸を張る。その姿があまりに微笑ましくて、俺は思わず頭を撫でてやった。
「わっ、子供扱いしないでください!」
「はいはい」
東屋を包む午後の柔らかな光の中で、俺たちはしばらく、くだらない話に花を咲かせた。魔族の陰謀も、ヴィレム兄上の棘のある言葉も、この瞬間だけは少し遠くに感じられた。
王城の内側には、確かに複雑な思惑や確執が渦巻いている。だが同時に、こうして支え合おうとしてくれる者たちも確かに存在している。
継承権のない王子として生まれたことは、決して寂しいだけの運命ではなかったのだと、俺はこの時、改めて実感していた。
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「――ずいぶんと楽しそうだったな」
夕方、東屋を後にした俺を、木陰からズィルガードが出迎えた。人の姿のまま、腕を組んでこちらを見ている。
「見てたのか」
「遠くからな。邪魔をするのも野暮だと思ってな」
「フィオナ姉上たちが、力になるって言ってくれた。情報集めとか、書庫の資料とか」
「悪くない申し出だ。兄弟の輪というのは、時に竜の翼よりも頼りになるものだからな」
珍しく素直な言葉に、俺は少し驚いた。
「お前、たまにポエムみたいなこと言うよな」
「長く生きていると、多少は詩的にもなる」
二人並んで城の廊下を歩きながら、俺はふと、今日感じた温かさを噛み締めていた。ガレオン兄上の鷹揚さ、ヴィレム兄上の棘、リゼット姉上の静けさ、そしてフィオナ姉上たちの気安さ。
この城には、本当に色々な形の「家族」が存在している。
「さて、次は何をする?」
「決まってるだろう」
ズィルガードがにやりと笑った。
「あの黒い外套の商人の件、竜の伝手で少しずつ情報が集まってきている。近々、お前にも共有できると思うぞ」
「本当か」
「ああ。……のんびりしていられるのも、今のうちかもしれんな」
その言葉に、俺は小さく頷いた。城の窓から差し込む夕陽が、廊下を橙色に染めていく。穏やかな今日という日の裏側で、確実に何かが動き始めている気配を、俺は肌で感じ取っていた。
よろしくお願いします




