第十章 水路の底で
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三人で選んだ依頼は、王都の外れにある古い水路に住み着いた「毒蛙の群れ」の駆除だった。銅級にしてはやや骨のある依頼だが、パーティを組んだ記念にちょうどいい、とノエルが選んだものだった。
「水路の中って、結構じめじめしてますね……」
「毒蛙は湿気を好むからな。ここに巣を作ったのも頷ける」
薄暗い水路の中、俺たちは慎重に足を進めていた。松明の灯りが、湿った石壁をぼんやりと照らし出す。
「レインさん、前は私が引き受けます。短剣なら、この狭い場所でも取り回しが利くので」
「頼りにしてる」
「任せてください!」
しばらく進むと、案の定、大きめの毒蛙が数匹、水路の水面から顔を出してきた。全身が禍々しい紫色をしており、口からは酸のような液体を吐き出してくる。
「危ない、避けて!」
ノエルの声に俺は横に飛び退いた。直前まで立っていた場所の石壁が、酸によってじゅっと音を立てて溶けていく。
「あれに直接触れるのはまずいな」
「はい、あの酸は皮膚を爛れさせるらしいです。ギルドの資料にありました」
ノエルは器用に身をかわしながら、毒蛙の懐に潜り込み、短剣で急所を的確に突いていく。一匹、また一匹と、毒蛙が水面に浮かび上がって動かなくなった。
「やるじゃないか」
「これくらい、朝飯前です!」
得意げに笑うノエルの背後から、一際大きな個体――おそらくこの群れのボスにあたる毒蛙が、巨大な口を開けて飛びかかってきた。
「ノエル、後ろ!」
「え――きゃっ!」
躱しきれず、ノエルが水路の水の中に倒れ込む。俺は咄嗟に剣を抜き、二人の間に割って入った。
「はあああっ!」
剣に魔力を纏わせ、振り下ろした一撃がボス蛙の頭部を捉える。ぬめった皮膚の抵抗を感じながらも、力任せに斬り裂くと、巨体がびくんと痙攣して、そのまま水面に沈んでいった。
「大丈夫か、ノエル」
「あ……はい、なんとか。ありがとうございます」
差し出した手を取って立ち上がらせると、ノエルは水浸しになった服を絞りながら、少し悔しそうな顔をした。
「気を抜きすぎました。すみません、油断して」
「誰にでもあることだ。無事なら十分」
「そう言ってもらえると、少し楽になります」
水路の奥から様子を見ていたズィルガードが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「なかなかいい連携だったな。息が合っている」
「見てるだけで、また手を出さなかったのか」
「危なくなったら出るつもりだった。……まあ、その必要はなさそうだったがな」
結局今回も、ズィルガードは最後まで手を出すことはなかった。過保護なんだか放任なんだか、本当によくわからない竜である。
依頼を終えて水路を出ると、すでに日は傾き、王都の空はオレンジ色に染まっていた。
「今日はありがとうございました、レインさん。それに、ズィルガードさんも」
「礼を言うのはこっちだよ。パーティを組んでくれて助かった。一人だと視野が狭くなりがちだったから」
「私もです! 一人だと、どうしても無茶しちゃうので……。これからもよろしくお願いします」
ノエルは水浸しの服のまま、屈託のない笑顔でそう言った。俺も自然と、笑みがこぼれる。
「こちらこそ、よろしく」
ギルドに戻って報告と報酬を受け取ると、受付嬢が呆れたような、それでいて微笑ましそうな顔で言った。
「あらあら、二人ともびしょ濡れじゃない。着替えていきなさいな」
「面目ないです……」
ギルドの奥にある簡易更衣室で身なりを整え直した後、俺たちは三人で、近くの屋台で夕食をとることにした。串焼きと果実水という質素な食事だったが、なんだかとても美味しく感じられた。
「こういう、何気ない時間が一番いいな」
思わず呟いた俺の言葉に、ノエルが不思議そうに首を傾げる。
「レインさん、王子様なのに、随分と庶民的な感想ですね」
「継承権もないしな。むしろ、こういう暮らしの方が性に合ってるのかもしれない」
「贅沢な悩みですね」
「否定はしない」
俺たちが笑い合っている少し離れた場所で、ズィルガードが夜空を見上げていた。その横顔には、いつもの飄々とした雰囲気とは少し違う、何かを考え込むような色が浮かんでいた。
「どうかしたか?」
「……いや、なんでもない。今宵は、静かな夜だと思っただけだ」
その言葉の裏にある小さな翳りに、俺はこの時、気づくことができなかった。
王都の片隅にできた小さな絆と、水面下でじわじわと広がりつつある魔族の影。二つの流れは、この後もしばらくは静かに、けれど俺の運命へ近づいていくことになる。
よろしくお願いします




