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戦国時代と調略の歴史 ~天才秀吉の無双~  作者: 泰 然
第十六章 織田信長(二)──美濃攻略、調略の主役は誰か
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十七人の登城

 永禄七年(一五六四)二月のある朝、美濃 稲葉山城(いなばやまじょう)。


 城下から本丸へ、小さな一行が登っていく。先頭に立つのは、斎藤家の若い重臣・竹中半兵衛 重治(しげはる)。城内では半兵衛の弟が番衆として勤めており、病気療養中である。


 今日は兄が、見舞いの品を届けに来た──という体である。従者たちが担ぐ長持には、見舞いの品々が納められている、はずだった。


 城門が開く。顔見知りの兄の見舞いを、誰が怪しもう。一行が本丸に入り、長持が下ろされる。蓋が開く。中から現れたのは、見舞いの品ではなく、武具だった。


 半兵衛と手勢十数人(十六人とも十七人とも伝える)は瞬く間に武装し、城内の要所を制圧、驚いて逃げ惑う城兵を尻目に、美濃五十四万石の本城は、白昼、たった一握りの男たちに乗っ取られた。


 城主 斎藤龍興(さいとうたつおき)は、命からがら城を脱出した──。


***


 この稲葉山城乗っ取り事件は、細部に軍記的脚色を含むものの、半兵衛が主君の居城を一時占拠したこと自体は確かな史実である。


 動機は龍興の側近政治への諫言説など、諸説ある。半年後、半兵衛は城をあっさり龍興に返し、自身は隠棲した。


 だが、返された城はもう、元の城ではなかった。「斎藤家の本城は、家臣に長持で乗っ取られる」──この認識が、美濃じゅうの国人の頭に刻まれたからである。


 城の縄張り(なわばり)は無傷でも、城の信用は全壊していた。


 信長の美濃攻略が本格化するのは、この事件からである。七年戦争の帰趨を決めたのは、会戦ではなく、こうした信用の崩落と、それに付け込む切り崩し──調略だった。

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