松永久秀 小括──第二部を閉じるにあたって
第二部で見てきた巨人たちを、信用の観点から並べ直してみよう。
謙信は信用を最大化し、獲得を犠牲にした。
信玄は取引を最適化し、信用の劣化を家の滅亡で精算した。
元就は信用と謀略の帳尻を評判管理で合わせ続けた。
早雲は民という新しい信用市場を開拓した。
道三と久秀は、信用の借入で急成長し、返済不能で破綻した。
調略とは、突き詰めれば信用の運用術である──この視座を携えて、第三部に進もう。
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次の主役は織田信長である。
信長は「力の人」の代名詞だが、その天下布武の実態は、桶狭間の情報戦に始まり、美濃の切り崩し、将軍の擁立と追放、包囲網下の多方面外交と、調略に深く浸かっている。
同時に信長は、浅井長政と荒木村重と明智光秀に裏切られた「調略される側」の最大の研究対象でもある。
力と調略の均衡点──そして均衡の崩壊点──を、六章かけて検分する。
「松永久秀、平蜘蛛の茶釜に火薬を詰めて爆死」――戦国武将の最期として、これほど出来すぎた話もありません。天下の梟雄が、信長の欲しがった名物茶釜を抱え、「これだけは渡さん」と城ごとドカン。悪役には悪役らしい花道がある、と言わんばかりです。
ところが残念ながら、この名場面、どうも史実ではないのですね。
同時代の『信長公記』が記す久秀の最期は、信貴山城の天守に火をかけて死んだ、というところまで。平蜘蛛に火薬を詰めたとも、茶釜を抱えて爆発したとも書いていません。
話が面白くなるのは、その後です。
江戸時代になると、「信長が欲しがった平蜘蛛を渡さず、打ち砕いて死んだ」「茶釜とともに焼けた」といった話が育ってきます。そしてさらに時代が下ると、ただ焼けるだけでは物足りなくなったのか、ついには火薬まで登場します(笑)。平蜘蛛はいつの間にか、茶道具から爆弾へ華麗な転職を遂げてしまいました。
つまり、「日本初の自爆者・松永久秀」という強烈なキャラクターは、久秀本人の作品というより、後世の人々が二百年ほどかけて作り上げた共同制作物なのです。
その製造工程がまた面白い。
まず史実があって、「名物を信長に渡さず、城とともに滅びたらしい」。
で、次に人物評が加わる。「あの松永久秀なら、そんな普通の死に方をするはずがない」。
そして物語が増築される。「ならば茶釜を壊そう」「いや、いっそ火薬を詰めて爆発させよう」。
こうして伝説は完成します。
歴史上の人物というのは、死んでからもなかなか忙しいものです。本人の知らないところで性格診断をされ、その性格に似合うエピソードを勝手に追加される。しかも話が面白ければ面白いほど、史実より長生きする。
でも、伝説だから価値がないわけではなくて、むしろ逆だと思うのです。
伝説というものは、その人物について人々が「こうあってほしい」と思った方向へ膨らんでいきます。だから、どちらへ盛られたかを見ると、その人物が世間からどう見られていたかが分かる。
久秀の場合、「静かに最期を受け入れた」「潔く腹を切った」という方向にはならず、「最後まで信長に一泡吹かせた」「名物まで道連れにした」「どうせなら自分ごと爆発した」という方向へ、一直線に盛られていった。そこに、この男の評判がよく表れています。
松永久秀は史実以上に「松永久秀らしい松永久秀」を後世から要求された男だったのでしょう。
本人が本当に平蜘蛛と爆死したかどうかは、もはや二の次です。四百年以上たってなお、「普通に死んだ」と言っても誰も納得してくれない。梟雄役としては、まことに役者冥利に尽きる話です。
〔本章の主要典拠〕
- 『多聞院日記』(英俊)──大和側から見た久秀の支配と滅亡(「天罰」記事)
- 『信長公記』──帰服・二度の離反・信貴山城の最期
- 『常山紀談』──「三悪」紹介の逸話(江戸期逸話集としての性格に留意)
- 天野忠幸『松永久秀と下剋上』(平凡社)──悪人像を解体した近年の実証研究
- 金松誠『松永久秀』(戎光祥出版)──事績の網羅的整理
- 今谷明『戦国三好一族』ほか──三好政権と久秀の位置




