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信用の総量──裏切りの限度額
では、久秀はなぜ、降服の名人だった男が、最後だけ降伏しなかったのか。
一つの読みはこうである。二度目の降伏で、彼の「裏切りの通貨」は完全に無価値化していた。誓紙も人質も、もはや誰も受け取らない。信用を使い果たした調略者に残された最後の資産は、「松永久秀」という悪名=物語だけだった。
名物を抱いて滅ぶ梟雄──その死に様は、自分の物語の結末を自分で書くという、最後の演出だったのではないだろうか。事実、彼の死の脚色(茶釜爆死)は後世ますます膨らみ、久秀の名は戦国で最も有名な悪役として不滅になった。悪名の経営は、死後においてもっとも成功したのである。
ここから、本書の中核概念を一つ取り出せる。
戦国の調略経済において、各プレイヤーは「この者の誓約はどこまで信じられるか」という信用枠を持っていた。一度の裏切りは、状況が説明可能なら信用枠を使い切らない。信長が一度目の久秀を赦したのは、帰服に利用価値があり、久秀の信用枠にまだ残高があったからである。
だが二度目で残高はゼロになった。信用枠を使い切った者は、調略の主体にも客体にもなれない。取引不能──それは戦国社会における事実上の死である。久秀の自害は、物理的な死の前に訪れていた「取引上の死」の追認だったのである。




