茶入を差し出す男
永禄十一年(一五六八)秋、上洛を果たした織田信長の陣所である。
畿内の武将たちが、雪崩を打って帰服の挨拶に訪れている。その列の中に、一人の老練な男がいた。松永弾正 少弼久秀。
三好政権の元・官房長官にして大和一国の実力者、そして畿内の内戦で今や劣勢に立つ男である。
久秀が携えてきた進物が、居並ぶ者たちをどよめかせた。九十九髪茄子──足利義満以来の伝来を誇る、天下に聞こえた茶入の名物である。
この所持していること自体が畿内文化人の頂点の証というべき逸品を、久秀は初対面の尾張の成り上がりに、あっさりと差し出した。
この贈り物の設計を味わってほしい。
金なら、信長は自分で持っている。所領の割譲なら、力ずくで取れる。だが名物茶器だけは、武力で作れず、金だけでも買えず、由緒と目利きの世界の承認を要する。
そして信長という男が、この「文化の承認」に人一倍飢えていることを、久秀は見抜いていた。
案の定、信長は狂喜し、久秀の大和支配は追認された。降伏の手土産は、相手の欲望の形に合わせて刻むもの──劣勢の男の帰服が、文化人同士の贈答の格式に化けた瞬間である。
もっとも、この見事な帰服から九年後、久秀は同じ信長に対して二度目の謀叛を起こし、今度は別の名物茶釜とともに、燃える城の中で果てることになる。
差し出した名物で生き、差し出さなかった名物で死ぬ。松永久秀の生涯は、信用と評判という無形資産の、教科書的な運用と破産の記録である。




