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戦国時代と調略の歴史 ~天才秀吉の無双~  作者: 泰 然
第十二章 忍びの実像──甲賀・伊賀と戦国の情報網
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情報はどう流れたか──忍びだけではない

 ただし、戦国の情報網を忍び中心に描くのは誤りである。実際の情報流通の主役は、もっと日常の中にいた。


 第一に、商人。行商人、馬借(ばしゃく)、廻船(かいせん)の船頭は、国境を越える正当な理由を持つ天然の情報員である。大名たちは御用商人を通じて他国の米相場・普請・兵の動きを把握した。相場の変動そのものが軍事情報だった──兵糧の買い付けが始まれば米価が動く。米相場は、戦国最速の通信社だったのである。


 第二に、宗教者。山伏(やまぶし)・修験(しゅげん)者は諸国の山を巡る通行の自由を持ち、勧進聖(かんじんひじり)や高野聖(こうやひじり)は村々の内情に通じた。武田信玄が領内外の修験・巫女を情報網に組織したという伝えは、細部はともかく、宗教者の可動性が諜報に転用されたことを示す。


 第三に、連歌師・医師・茶人。大名の座敷に上がれる文化人は、最上級の情報が集まる場に立ち会う。


 第四に、被差別民や芸能民など、共同体の境界を移動しながら生きた人々。境界の人々は、境界を越える情報の運び手だった。


 忍びとは、この重層的な情報生態系の中の、非合法作戦部門である。平時の情報収集は商人・宗教者の網が担い、開戦が近づくと忍びが潜入・破壊の実働に入る。調略の名人とは、この生態系全体を設計・運用できる者のことだった。


 防御の技術もまた並走してあった。


 夜間の合言葉の設定と定期変更。

 陣中での誰何(すいか)規定。

 城下の宿改めと他国者の登録。

 犬の飼育(犬は夜の侵入者への最良のセンサーである。忍者の最大の天敵が犬だったという身も蓋もない事実は、あらゆる忍者映画が黙殺している)。

 鳴子(なるこ)や砂利敷きによる音の警報。


 そして「草」を刈る「草」──敵の潜伏者を狩る対忍び部隊のことである。冒頭に描いた闇の対峙は、国境地帯の日常でもあった。


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