草と草
どうしても忍者について調べて見たくなりました。閑話休題としてかるく読み飛ばしてください(笑)。
戦国のなかば、いずれの国境か――。
月のない晩である。街道筋の藪の中に、男が一人、もう何刻も動かずに潜んでいる。黒装束ではない。土色の粗末な野良着──要は、その辺の百姓と見分けのつかない格好である。
彼の任務は、この道を通る敵方の使者や荷駄を数え、できればその書状を奪うこと。この手の伏せ勢を、東国では「草」と呼んだ。
草の男は、ふと気配に気づく。
藪の向こう、十間ばかり先の茂みが、風もないのに一度だけ揺れた。──いる。敵方も、同じ夜、同じ街道筋に、同じ草を伏せていたのである。
互いに相手の位置を悟り、悟られたことを悟り、闇の中で息を殺した対峙が始まる。先に動けば音で位置が割れる。動かねば夜が明けて割れる。
やがて、どちらかが仕掛け、闇の中で短い刃物の音がして、朝には藪の中に、名も知れぬ男の骸が一つ残る──。
***
軍記や覚書が伝える「かまり」「草調儀」の世界は、おおむねこのような、地味で、陰惨で、記録にすら残りにくい消耗戦だった。
天井裏の手裏剣も、ドロンと消える煙もない。あるのは、藪と、夜と、忍耐と、百姓の格好をした専門家たちの殺し合いだけだ。だが本書の読者には、もうお分かりのはずである。
調略という華麗な建築は、この見えない基礎工事の上に建っていた。名人たちの偽書も内応も、情報が正しく盗まれ、正しく運ばれ、正しく守られて、初めて機能したのである。本章は、この基礎工事の担い手たちの実像を描く。




