謙信 小括──使わないという使い方
謙信の章の教訓を整理しておこう。
第一に、調略の不使用は、それが「あえての不使用」として認知されるとき、信用という形で複利のリターンを生む。
第二に、評判資産は獲得戦には不向きだが、保全戦には無類に強い。
第三に、行為の解釈を先取りする物語(義)を持つ者は、同じ行為から他者より多くの政治的価値を引き出せる。
ただし、義という高価な看板を維持できたのは、看板に頼らない収益構造があったからである。理念で食っていない者だけが、理念を貫けるのである。
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次章では視線を、大名たちの足元で働いた影の実務者に移す。
忍び──甲賀・伊賀の者たちである。映画や小説が描く超人的な忍者像を史料で洗い直すと、そこに現れるのは、傭兵・情報屋・破壊工作員を兼ねた、極めて現実的な戦国のプロフェッショナル集団の姿である。
いやもう、義戦は、タダではできないんですね。謙信について調べていくと、十数回の関東遠征、五回の川中島、二度の上洛。この戦費を、山がちで米の乏しい越後がどう賄ったのかが気になりました。
答えは、貿易と鉱山です。越後の特産・青苧(からむし。高級織物の原料)は、日本海海運で京都・関西へ大量に出荷され、上杉氏はこの流通に課税して莫大な収益を得たようです。加えて金山の経営、湊の関税、そして冬の出稼ぎ経済。謙信は、日本海交易圏の経営者としては、きわめて有能なんです。
「義の人」の兵站を「商の才」が支える──この組み合わせは矛盾ではなくて、むしろ、義という高価な看板を維持できたのは、看板に頼らない収益構造があったからだと感じました。
現代でも、かっこつけるには金がかかる。貧すれば鈍すの逆バージョンですね(笑)。
- 『上杉家文書』(『大日本古文書』)──関東管領継承・願文・外交文書
- 『甲陽軍鑑』──川中島合戦など武田側から見た上杉像(成立過程に留意)
- 謙信辞世「四十九年一睡夢」──伝承としての性格に留意
- 山田邦明『上杉謙信』──実証的な謙信伝
- 福原圭一・前嶋敏編『上杉謙信』ほか──近年の謙信研究の整理
- 藤木久志『雑兵たちの戦場』──越後の出稼ぎ経済と戦場
- 青苧交易・湊経営に関する日本海海運史研究




