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信玄と謙信──二つの合理性
信玄と謙信の対比は、「謀略の人」対「義の人」という人格の対比としてではなく、二つの異なる合理性の対比として読むべきと筆者は考える。
信玄の合理性は、取引の最適化である。個々の局面で最も有利な選択(同盟破棄を含む)を積み重ね、二十年で信濃を取り、駿河を取った。コストは、評判の劣化と、裏切りの連鎖への恒常的警戒である。武田家が滅ぶとき、一門衆までが雪崩を打って離反した速度は、この評判コストの最終精算だったと言える。
一方、謙信の合理性は、評判の最適化である。個々の取引で損をしても(関東の版図は定着しなかった)、「裏切らない」資産を守り抜いた。上杉家が謙信死後の内乱と大減封を経てなお、近世を通じて家を保ち、「義の家」の家格を無形の資本として維持し続けたことは、この戦略の長期リターンである。
戦国の大半の武将は、この二つの合理性の間で配合を選んだ。
そして本書のクライマックスで見るように、秀吉の天才は、信玄的な取引の徹底と、謙信的な評判の演出を、矛盾なく同居させた点にある。「人たらし」とは、謀略を義理人情の物語に翻訳する技術のことなのだ。




