偽書の楔と、偽りの寝返り
第一の工作は、敵の頭脳を敵の手で殺させることだった。
陶軍の部将・江良房栄は、知略をもって聞こえた男である。『陰徳太平記』などの軍記が伝えるところでは、元就は房栄が毛利に内通しているという偽の証拠──内通を示す書状──を作らせ、それが晴賢の目に入るよう仕組んだ。
毛利方から房栄への働きかけの噂を流し、疑いを育てたうえで偽書で仕上げる。あにはからんや、晴賢は房栄を誅殺した。開戦前に、敵は自らの手で名参謀を失ったのである。
軍記の脚色を差し引いても、江良房栄が厳島合戦の前に陶方内部で殺されたことは確かであり、毛利方の離間工作の存在を疑う研究者は多い。
この一件は、離間の計の古典的構造──「敵の有能な者ほど、内通の疑いをかけやすい」──を教科書のように示している。有能な敵将は敵中でも嫉妬されており、また実際にこちらと交渉のパイプを持つことが多いのである。
疑いの種は、こちらが蒔く前から半ば生えている。庭師の仕事は、水をやることだけである。
第二の工作は、偽の内応である。元就は、重臣桂元澄に命じて(一説に元澄自身の献策で)、晴賢へ内通を申し出させた。
「元就に恨みあり。陶勢が厳島へ渡海すれば、内より呼応して毛利本隊の背後を扼す」
趣旨はそのようなものだったと伝わる。桂家は元就の家督相続時に一度粛清の危機に瀕した家であり、「恨み」の筋書きには一定の信憑性の余地と下地があった。嘘は、九割の真実に一割混ぜるとき最も効く。
同時に元就は、味方の陣中でわざと「厳島に城を築いたのは失策だった。あそこを衝かれれば毛利は終わりだ」と嘆いてみせ、その言葉が捕虜や商人の口から敵に伝わるよう仕向けたと軍記は語る。
敵に「相手の弱点を発見した」と思わせる偽計は、多くの示唆に富んでいる。
人は、自力で見つけた(と信じる)情報を、最も深く信じるのである。




