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主殺しの隙──陶晴賢のクーデタ
天文二十年(一五五一)、元就の運命を変える事件が西で起きる。
大内家の重臣・陶隆房(晴賢)が謀反を起こし、主君大内義隆を長門大寧寺に追いつめて自害させたのである。
晴賢は文弱に傾いた義隆に対する武断派の不満を束ねてクーデタを成功させ、大友家から迎えた傀儡当主を立てて大内家の実権を握った。
元就は当初この政変を黙認し、晴賢と協調して安芸国内の反対勢力を掃討、実利を稼いだ。
ここでも元就は急がない。晴賢政権の弱点──主殺しの汚名、大内旧臣の面従腹背、石見・安芸国人の動揺──が熟すのを待ったのだ。
そして天文二十三年(一五五四)、元就はついに晴賢と手を切る(防芸引分)。
しかし国力差は歴然であった。大内(陶)方の動因力は毛利の数倍と見られた。正面決戦では勝てない。ここから厳島に至る役一年半、元就は調略の全技法を注ぎ込んだ、一大工作戦を展開する。




