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暴風雨の渡海
弘治元年(一五五五)九月三十日、夜。安芸の海は荒れていた。
横なぐりの雨が降り、波頭は闇の中で波の牙を剥いている。船頭でさえ舫いを解くのをためらう海である。その海へ、毛利元就は全軍の乗船を命じた。
「御屋形様、この荒天、海は渡れませぬ──」
怯えた家老の顔をまじまじと見て、五十九歳の当主は答えた。
「ならばこそ、渡るのだ。敵もまさか今夜、船が出るとは思うまいて。」
やがて、大浪に翻弄されつつ、軍船は闇と豪雨に紛れて厳島の裏手、包ヶ浦へと強行接岸した。
上陸した将兵は雨中の山道を無言で登る。
やがて夜が明け、雨が上がった。
眼下の博奕尾の向こうに、陶晴賢二万の本陣が、何も知らずに朝を迎えようとしていた。
元就の采配が振られたのは、その時である。
***
厳島合戦は、こうして半日で決した。
しかし本章で語りたいのは、この鮮やかな半日ではない。この半日を「必勝の半日」に変えるために費やされた、その前の一年半である。
嵐の夜に船を出す胆力は、たしかに見事だが、元就の本領は、二万の敵をこの狭い島に、自ら望んで上陸させたことにあったのだ。
獲物が罠に入ったのを確かめてから、猟師は悠々と雨具を着たのである。




