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戦国時代と調略の歴史 ~天才秀吉の無双~  作者: 泰 然
第二部 調略の巨人たち 第五章 北条早雲──伊豆奪取と民心の調略
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薬を配る侵略者

 明応の頃、伊豆のある村。


 戦乱と流行り病で、村はもう明るい昼だというのに静まり返っている。働き手は倒れ、田は荒れ、残った者は山に逃げる支度をしていた。国が武士に踏み荒らされるとき、百姓にできるのは逃げることだけであり、それがこの国の常識だった。


 岩肌の剝き出しになった田舎道を、新しくこの地を切り取ったばかりの武将の手の者がやって来た。


 村人は身を固くする。


――さては徴発か、放火か。


 ところが、使いの者たちが荷から降ろしたのは、薬と、看病の人手だった。触れが大声で読み上げられる。


「病の者は届け出よ!手当てを致す。逃げた者は帰り来たれ。田に戻る者の年貢は、四公六民とする!」


 四公六民。収穫の四割を領主に、六割は百姓の手元に、という意味である。周りの国々は当然ながら、もっと重い年貢を搾りとっている。


 村人たちは顔を見合わせた。罠ではないのか。


 だが病人は現に手当てを受け、触れの通りの年貢で秋を越した村の噂は、山一つ向こうの村へ、さらにその向こうへと伝わっていく。


 この翌年、逃げていた者が帰り始めた。再来年には、他国から移ってくる者さえ現れた。


 侵略者が来て、暮らしが良くなった──この倒錯した事態こそ、伊勢宗瑞(いせそうずい)、後世に言う北条早雲が伊豆で起こした「事件」であった。


***


 軍記の脚色を差し引いても、早雲の伊豆平定が短期間で深く根を張ったこと、北条氏の民政が同時代に抜きん出ていたことは、その後百年の関東支配が証明している。


 早雲は、調略の対象を武士階級から民衆へ拡張した最初の戦国大名だった。そしてこの男の実像は、長く信じられてきた「素浪人の国盗り」伝説とは、まるで違うものなのである。


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