第五の道具──官位という無形資産
起証文・人質・婚姻・黄金の四点に、実はもう一つ、忘れてはならない道具がある。官位である。
律令制の官職と位階──「弾正忠」「大膳大夫」「従五位下」の類──は、戦国期には行政の実体をほぼ失っていた。
にもかかわらず、大名も国人も、朝廷への献金と引き換えにこれを求め続けた。実体のない肩書に、なぜ金を払ったのだろうか。
答えは、序列の可視化である。戦国の外交の席では、誰が上座に着くか、書状でどちらが先に敬称を書くかが、常に神経戦だった。
官位はこの序列問題に、朝廷という中立の審判による「公式レート」を提供した。同格の国人が並び立つ地域で、一人だけ受領名(〜守)を朝廷から正式に得れば、それは他の全員に対する半歩の格上げになるのだ。
ゆえに官位は、調略の恩章としても機能した。
上位者が朝廷に口を利いて、従属者に官位を取り次ぐ──信長も秀吉も家康も、この「官位の斡旋」を、所領を一坪も減らさずにすむ恩賞として多用した。
とりわけ秀吉は、関白就任以後、豊臣姓と羽柴名字の下賜、清華成=公家の家格への引き上げ、まで含めた壮大な「肩書の体系」で諸大名を序列化する。
黄金は使えば減るが、肩書は刷ればむしろ増える。無形資産の錬金術こそ、統一政権の統治技術の核心となっていくのである。
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戦国の調略者は、起請文で約束を文書化し、人質で履行を担保し、婚姻で関係を永続化し、黄金で決断を加速し、僧・商人・取次・忍びの人的網でこれらを運用した。
個々の道具は室町以前から存在したが、戦国の実務家たちはこれらを組み合わせ、用途に応じて配合を変える処方の技術を磨き上げた。
道具立ての検分はここまでである。次章からはいよいよ名人たちの実技に入ろう。
最初の主役は、素浪人からの国盗りという伝説をまとい、しかしその実像は幕府エリートの周到な計画者だった男──伊勢宗瑞、後世に言う北条早雲である。
みなさんすでにご存じだと思いますが、人質の生活は、土牢暮らしではなく、預かり主の城下に屋敷を与えられ、身分相応の待遇で暮らしたのですね。
教育を受け、主の一族や重臣の子弟と交わり、元服すれば預かり主から名前の一字をもらうことすらありました。
ご存じ竹千代(家康)は駿府で今川一門並みに遇されましたし、後の黒田長政は幼時、秀吉夫妻のもとで人質として過ごし、ねねに実の子のように可愛がられたと伝わっています。
要するに、人質とは、殺すための捕虜ではなく、「殺せる関係を維持しながら育てる」留学生みたいなものでした。だからこそ人質経験者は、預かり先の言葉、人脈、内情に通じた得がたい人材となりますし、帰国後は対その国の外交担当に起用されることが多かったのです。戦国の外交官養成は、こういう荒っぽい交換留学で行われていたというわけですね。ただし、授業料は、命(こわ。
- 生島足島神社文書(下之郷起請文)──武田家臣団の忠誠誓約の現物群(上田市・生島足島神社蔵)
- 熊野牛王宝印と起請文の様式──千々和到らの起請文研究
- 丸島和洋『戦国大名の「外交」』(講談社選書メチエ)──取次・人質・誓紙の外交実務
- 黒田基樹『戦国大名』(平凡社新書)ほか──領国支配と家中統制
- 山室恭子『黄金太閤』(中公新書)──秀吉の金銀の演出的使用
- 『甲陽軍鑑』──武田家の甲州金と家中統制の伝承
- 田端泰子『日本中世の女性』ほか──政略結婚と女性の役割に関する研究




