ある夜の情景
ここは、とある国境の城下、夜半の一室。
時は戦国のなかば、灯明の下に、二人の男が向き合っている。一人は大勢力の使者、もう一人は小城を預かる国人である。
使者が持参した進物は、太刀一腰、銭若干であり、それは、すでに床の間に置かれている。話はもはや済んだ。あとは、紙を交わさねばならない。
使者がおもむろに懐から取り出したのは、黒いカラスの図像がびっしりと刷られた一枚の絵護符──熊野牛王宝印の紙だった。
国人は筆を取り、その裏面に、たった今しがた、口頭で合意した内容を書き付けていく。
御味方に参ずること。
二心を抱かざること。
しかるうえは本領を安堵されること。
あわせて隣郷の何某の地を貰うるべきこと──。
続けて神文。この誓いに背けば、梵天帝釈、四大天王、日本国中、六十余州の大小神祇、ことに当国の一宮、氏神の罰を蒙るべし──。
そう書き終えると、国人は小刀で指先を切り、名前の下に血判を押す。
この紙一枚が意味するものを、真剣な面持ちで向かい合う二人は理解していた。国人にとっては、明日から自分と一族の命運を載せる船であり、使者にとっては、持ち帰るべき戦果であった。
ふと思いついたように、使者が顔をあげる。
「ときに……御子息を、当方の城下にてご養育申し上げたく存ずるが」
要するに──人質である。
紙の誓いに、血の担保を重ねる。ここまでやって、ようやく戦国の契約は一応の完成を見るのだった……。
***
調略は口先だけでは完結しないものである。
裏切りを勧誘する側も、応じる側も、互いに相手の裏切りを恐れるのだ。
だらこそ、この二重の不信を乗り越えて取引を成立させるために、戦国社会は精緻な「契約の技術」を発達させた。
本章では、その主要な道具を順に検分していこう。これらは今後、本書全編に繰り返し登場する基礎語彙でもある。




