「家中」の形成──裏切りを防ぐ技術革新
調略が発達すれば、防御もまた発達する。
戦国大名の領国支配の仕組み──いわゆる大名領国制──は、見方を変えれば「家臣に裏切らせないための技術体系」だった。その理由は五つ。
第一に、家臣の城下集住。有力家臣を在地の城館から引き剥がして城下町に住まわせれば、謀反の根拠地を奪える。
第二に、人質の制度化。重臣の妻子を城下に置かせることは、忠誠の担保として一般化した。
第三に、寄親・寄子制。小規模な武士を有力j家臣(寄親)の指揮下に編成し、相互監視の網を作る。
第四に、分国法。「喧嘩両成敗」で家臣同士の私戦を禁じ、紛争解決を大名の裁判に一元化することで、家臣が外部勢力を後ろ盾に頼む動機を減らす。
第五に、検地による所領の把握。家臣の経済力を大名が正確に掌握すれば、不穏な軍備拡張は察知できる。
ただし、これらの制度は一朝一夕には完成せず、戦国末期まで、どの大名家にも制度の隙間が残った。その隙間の大きさが、そのまま調略への脆弱性だった。
武田家の滅亡(一五八二)が、織田方の侵攻開始からわずか一ヶ月余りで、木曽義昌・穴山梅雪ら一門・親族衆の連鎖的寝返りによって決まったことは、名門の家中すら埋めきれない隙間があったことを示している。
言いかえれば、いずれの国にも規律のひびはあり、それが調略の理由になったのである。




