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「調略の効かない敵」
なぜ最長になったのか。軍事的には、石山の地は淀川水系と海に接した天然の要害であり、毛利水軍による海上補給が続く限り兵糧攻めが完成しなかったからである。
だが本書の観点では、より本質的な理由がある。本願寺は、信長の最強の武器である調略が、構造的に効きにくい敵だったのだ。
第三章で予告した論点を、ここで展開してみよう。
武士の同盟網は、所領・家の存続・面目という交換可能な利害で編まれている。だから切り崩せる。
ところが一向一揆の結合原理は信仰であり、その中核的動機──阿弥陀仏への帰依と往生の確信──は、所領でも黄金でも買えない。死を恐れない兵に、本領安堵の誘いは刺さらない。しかも本願寺の組織は、法主を頂点に、坊主・年寄・長の講組織が村々まで垂直に貫通しており、大名領国のような「不満を抱く重臣」「自立志向の国人」という調略の入口が乏しい。
信長は生涯で初めて、取引できない相手と対峙したのである。




