第2話:作戦会議と、無自覚な天然タラシ
「は!? 大和が新井さんと映画デート!?」
放課後のマクドナルド。ポテトの油の匂いが漂う店内で、ユナがストローを咥えたまま大声を上げた。
隣の席の男子高校生グループがこっちをチラッと見る。
「ちょっとユナ、声デカすぎ! まじ恥ずかしいんだけど!」
私は慌ててユナの口をポテトで塞いだ。
「だってさー! あの超鈍感で有名な大和が、ついに女子とデートとか信じらんなくない?
しかも、ここあが背中押したからとか……大和、ガチで罪深すぎでしょ」
マイが呆れたようにため息をつきながら、スマホの画面を見せてくる。
画面には、私たちが共有しているいつものグループLINE。
『緊急事態。今週の日曜、ウチに付き合って。お兄ちゃんを尾行する』
私が昨日の夜、半泣きで送ったメッセージだ。
「……で、ここあ。ガチで尾行するわけ?
もし見つかったら、ただの『お兄ちゃん大好きストーカー妹』じゃん」
マイの正論が、私の胸にグサリと刺さる。
分かってる。分かってるよ、そんなこと。
シスコンの妹が、兄の初デートに嫉妬してくっついてくるなんて、客観的に見たらまじで痛い奴だ。新井さんって子にバレたら、それこそ軽蔑されるかもしれない。
でも——。
「……だって、嫌なんだもん。
大和が、ウチ以外の女の子にあんな風に笑いかけるの、想像しただけでまじで死にそうになる」
私はメロンソーダの氷をストローで激しくかき混ぜた。
胸の奥が、ドロドロとした黒い感情で満たされていく。
大和はいつも、ウチの前ではジャージ姿で、髪もボサボサで、あくびばかりしている。
だけど、たまに優しく笑う。ウチがお弁当を作ってあげたときとか、悩んでるときに頭を撫でてくれるときとか。
あの笑顔を、別の女の子に独り占めされるなんて、絶対に耐えられない。
「はいはい、分かったよ。ここあの重すぎる大和愛は今に始まったことじゃないしね」
ユナがニヤリと笑って、私の肩を小突いた。
「乗った。ウチらも日曜、私服フル装備で付き合ってあげる。
新井さんって子がどんな女か、この目で確かめてやろうじゃん」
「ユナ……! マイも、いいの?」
マイはスマホから目を離さずに、小さく笑った。
「断ったら、ここあ、日曜日に一人で泣きながら大和の後ろ這いつくばってそうだし。
友達として、そこまで不審な真似はさせられないからね」
「まじありがと……二人とも、大好き」
持つべきものは、ギャル友だ。
ウチの絶対に負けられない戦いに、頼もしい味方が加わった。
◇
その日の夜。
大和への「大嫌い」という怒りはまだ冷めていなかったけれど、ご飯の時間はやってくる。
我が家は両親が共働きで帰りが遅いため、夕飯の準備はだいたい私の役目だ。
トントン、と小気味いい音を立てて大根を切っていると、背後から気配がした。
「なー、ここあ。まだ怒ってんの?」
ひょっこりとキッチンの入り口から顔を出したのは、ジャージ姿の大和だった。
手には、なぜかコンビニの袋を持っている。
「……別に。怒ってないし」
私は大和に背を向けたまま、わざと冷たく言い放った。
包丁を握る手に、少しだけ力がこもる。
「嘘つけ。朝あんなに怒鳴って部屋にこもったじゃん。
ほら、これ。お詫び」
大和が私の隣に並び、コンビニの袋から何かを取り出して、私の目の前に差し出してきた。
それは、ウチが今一番ハマっている、期間限定の高級イチゴマカロンだった。
しかも、3個入りのちょっと高いやつ。
「……なによ、これ」
「お前、これ食べたいって前にテレビ見ながら騒いでただろ?
学校帰りに駅前のコンビニ寄ったら、ちょうどラスト1個残ってたからさ。
お小遣い足りなくて怒ってんじゃねえなら、何に腹立ててんのか俺にはさっぱり分かんないけど……とりあえず、機嫌直せよ。な?」
大和はそう言って、また私の頭をポンポンと雑に撫でた。
ずるい。
まじでずるい。
ウチが前に、何気なく「これ超美味しそう〜」って言ってた一言を、この鈍感男はちゃんと覚えていたのだ。
しかも、わざわざ駅前のコンビニに寄って、私のために買ってきてくれた。
(そんなことされたら……嫌いになれるわけないじゃん……!)
胸の奥が、ぎゅーっと甘酸っぱい痛みで締め付けられる。
大和のこういう無自覚な優しさが、私の恋心をどんどん重くしていくことに、本人は1ミリも気づいていない。
「……マカロンで釣ろうとするとか、まじチョロいと思われてんだけど」
私は大和の手からマカロンをひったくるように奪った。
「おう、機嫌直ったな! じゃあさ、さっきの続きなんだけど……」
大和は嬉しそうに笑うと、私の顔を覗き込んできた。
その距離が、いつもより少しだけ近い。
制服のワックスとは違う、お風呂上がりの大和自身の、少し甘い匂いが鼻をくすぐる。
「新井さんとのデート、服どうすればいいと思う?
俺、いっつもジャージか制服だから、私服のセンスまじで自信なくてさ。
ここあ、ギャルだし服とか詳しいだろ? ちょっと選んでくれよ」
ドクン。
心臓が、また嫌な跳ね方をした。
大和の私服を選ぶ。
それは、本来なら彼女の特権のはずだ。
それを、よりによって私に、別の女の子とのデートのために選べと言う。
「……ウチに、選べって言ってるわけ?」
「おう。お前が選んでくれた服なら、間違いないだろ。
頼むよ、ここあ。俺の、世界で一番可愛い妹のセンスを信じてるからさ」
「——ッ!!」
世界で一番、可愛い妹。
大和は、私を喜ばせようと思ってその言葉を使ったのだろう。
だけど今の私にとっては、それはどんな拒絶の言葉よりも残酷だった。
どれだけ可愛くても、私は大和にとって「妹」の枠から出られない。
その事実を、突きつけられたような気がした。
「……分かった。明日、大和の部屋のクローゼット、全部ひっくり返して選んであげる」
私は無理やり笑顔を作って、そう答えた。
「まじで!? サンキュ、ここあ! やっぱ持つべきものは最高の妹だな!」
大和は無邪気に万歳をして、リビングへと戻っていった。
最高の妹、か。
私はマカロンの箱を強く握りしめながら、冷え切った大根を見つめた。
いいよ。選んであげるよ、大和。
新井さんって子が、思わず見惚れちゃうような、最高にカッコいい男にしてあげる。
でもね。
日曜日のデート、ウチが絶対に、ただじゃ終わらせないから。
クローゼットから一番ダサい服を選んでやろうかという悪女の気持ちと、大和には世界一カッコよくいてほしいという乙女心が、私の中で激しくせめぎ合っていた。




