第9話「歪み始めた日常」
翌朝の教室は、静かだった。
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いや、正確には「静かすぎた」。
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竹中清の席は空いたまま。
昨日までそこにあった気配ごと、消えている。
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広岡悟は机に座る。
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(本当にいなくなるんだな)
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頭では理解していたはずなのに、現実になると重い。
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阪田健吾が後ろから声をかける。
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「なあ悟」
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「竹中、マジでやめたな」
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広岡は振り向かない。
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「らしいな」
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その一言で会話は終わる。
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だが、阪田はそれ以上に何か言いたそうだった。
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昼休み。
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阪田が弁当を食べながらぽつりと言う。
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「なんかさ」
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「人減ってくの、早くね?」
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広岡は箸を止める。
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(気づき始めてる)
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その違和感は、自分だけのものじゃなくなっている。
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午後の授業。
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黒板の文字がやけに遠い。
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先生の声もぼやけている。
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広岡の頭の中では別のものが動いている。
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竹中の不在。
変わり始めた空気。
そして、自分の選択。
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(俺が変えた)
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(いや、変えてしまった)
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放課後。
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校舎裏。
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阪田と二人。
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いつもの場所なのに、もう“いつもの”ではない。
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阪田がタバコを出す。
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火をつける。
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だが、笑いがない。
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「なあ悟」
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広岡は見る。
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阪田の目は、昨日より少しだけ暗い。
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「俺さ」
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「竹中いなくなってから、なんか……」
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言葉が途切れる。
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「怖いんだよ」
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その一言で、広岡の胸が強く締まる。
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(また同じだ)
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(また“怖い”が始まってる)
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未来の記憶が重なる。
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この流れは止まらない。
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一人抜ける。
次が抜ける。
残るのは少数。
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そして最後は。
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(俺だけ)
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そのとき。
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遠くで足音。
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スーツの男。
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しかし今回は何も言わない。
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ただ立っている。
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広岡は気づく。
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この男は何かを変えているのではない。
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変化そのものを見ているだけだ。
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夜。
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帰り道。
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広岡は一人になる。
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笑い声はもう遠い。
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グループのLINEも静かだ。
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世界が少しずつ細くなっていく。
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その細さの中心に、自分がいる。
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広岡は呟く。
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「これでいいのか」
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だが答えは返らない。
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ただ、風が通り過ぎるだけだった。
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(続く)




