第8話「残る側の景色」
竹中清はベンチに座ったまま、しばらく黙っていた。
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夜の公園は静かで、遠くの道路だけが薄く光っている。
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広岡悟も隣には座らない。
立ったまま、少し距離を取っている。
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(ここで何かが決まる)
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そういう感覚だけがある。
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竹中がぽつりと言う。
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「俺さ」
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「なんか最近、ずっと同じ場所にいる気がしてた」
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広岡は答えない。
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竹中は続ける。
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「毎日同じメンツで、同じことして」
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「笑ってるけどさ」
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少し間が空く。
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「なんか、怖いんだよ」
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その言葉は、広岡の胸に重く落ちる。
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(怖い)
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それは自分も感じていた感情だった。
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だが、言葉にしたことはなかった。
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竹中は立ち上がる。
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ベンチから離れる。
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「俺、ちょっと変えてみるわ」
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軽い言い方。
だが中身は重い。
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広岡はようやく口を開く。
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「どこ行くんだよ」
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竹中は振り返る。
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少しだけ笑う。
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「わかんねえ」
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「でも、このままは嫌だ」
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その一言で、空気が決定的に変わる。
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(また一人抜ける)
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未来の記憶が流れ込む。
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竹中はこのまま“外へ出る”。
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格闘技。
都会。
別の人生。
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そして残るのは。
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(俺だ)
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広岡はその場に立ったまま動けない。
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竹中は歩き出す。
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その背中が少しずつ遠くなる。
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広岡は追いかけない。
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追いかければ、何かが壊れる気がした。
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だが同時に思う。
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(ここで止めるべきだったのか?)
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その瞬間。
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遠くの街灯の下に“影”が見えた。
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あのスーツの男。
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しかし、今回は近づかない。
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ただ見ているだけ。
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広岡は理解する。
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これは監視ではない。
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選択の記録だ。
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竹中が完全に見えなくなったとき。
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公園は異様な静けさに包まれた。
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阪田の声もない。
笑いもない。
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ただ“広岡だけの場所”になる。
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そのとき初めて気づく。
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残るということは、
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世界から一人ずつ消えていくことだ。
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(続く)




