第6話「外れ始めた歯車」
竹中清がいない教室は、思っていた以上に静かだった。
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昨日までは当たり前にあった笑い声がない。
ただそれだけなのに、空気の密度が変わっている。
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広岡悟は机に座ったまま、窓の外を見ていた。
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(本当に抜け始めてる)
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その実感だけが、じわじわと広がっていく。
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昼休み。
阪田健吾がやってくる。
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「なあ悟」
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声が少しだけ軽い。
いつものノリに戻そうとしている。
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「竹中さ、マジで最近おかしくね?」
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広岡は一瞬答えられない。
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(おかしいのはどっちだ)
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阪田は続ける。
「なんかさ、あいつ変わろうとしてんじゃね?」
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笑いながら言うが、少しだけ目が違う。
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広岡は曖昧に笑う。
「さあな」
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その瞬間、胸の奥が少しだけ痛む。
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(変わるって、そういうことか)
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放課後。
竹中はいない。
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代わりに、広岡と阪田だけが残る。
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校舎裏。
いつもの場所。
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だが“いつもの空気”ではない。
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阪田がポケットからタバコを出す。
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しかし火をつける手が、少しだけ遅い。
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「なあ悟」
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広岡は振り向く。
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阪田は、珍しく真顔だった。
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「俺さ」
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「ちょっと最近、思うんだけど」
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一拍。
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「このままでいいのかって」
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その言葉で、広岡の呼吸が止まる。
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(まただ)
(また“ズレてる”)
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昨日までなかった言葉が、ここにある。
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阪田は続ける。
「竹中もいねえしさ」
「なんかさ、俺らだけ取り残されてね?」
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広岡は答えられない。
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(取り残される)
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それは未来で見た現実の言葉だった。
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そのとき、広岡の頭に声が響く。
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(選べ)
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(ここで選べ)
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タバコを吸う流れ。
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いつもの“残る側”。
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それとも。
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拒否する側。
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歯車が軋む音がする。
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広岡は手を見る。
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ほんの少し震えている。
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(まただ)
(またここだ)
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そのとき。
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遠くでチャイムが鳴る。
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キーンコーンカーンコーン
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空気が切り替わる。
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阪田が舌打ちする。
「ちっ、先生来るぞ」
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タバコは消える。
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会話も流れる。
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だが、今回は違う。
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何かが“残った”。
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阪田の言葉。
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「このままでいいのか」
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それだけが、消えない。
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その夜。
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広岡は一人で歩く。
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地元の公園。
いつもの帰り道。
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しかし、そこに“違和感”がある。
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誰もいないはずの場所に、足音。
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振り向く。
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何もいない。
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だが確実に“誰かがいる”。
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広岡は気づく。
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人生の歯車はもう止まっていない。
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静かに、ズレながら回り始めている。
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そしてその中心には、いつもあの視線がある。
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(続く)




