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『何者にもなれなかった男』  作者: こうた
第2章中学生の王様

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第6話「外れ始めた歯車」

竹中清がいない教室は、思っていた以上に静かだった。



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昨日までは当たり前にあった笑い声がない。


ただそれだけなのに、空気の密度が変わっている。



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広岡悟は机に座ったまま、窓の外を見ていた。



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(本当に抜け始めてる)



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その実感だけが、じわじわと広がっていく。



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昼休み。


阪田健吾がやってくる。



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「なあ悟」



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声が少しだけ軽い。


いつものノリに戻そうとしている。



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「竹中さ、マジで最近おかしくね?」



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広岡は一瞬答えられない。



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(おかしいのはどっちだ)



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阪田は続ける。


「なんかさ、あいつ変わろうとしてんじゃね?」



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笑いながら言うが、少しだけ目が違う。



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広岡は曖昧に笑う。


「さあな」



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その瞬間、胸の奥が少しだけ痛む。



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(変わるって、そういうことか)



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放課後。


竹中はいない。



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代わりに、広岡と阪田だけが残る。



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校舎裏。


いつもの場所。



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だが“いつもの空気”ではない。



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阪田がポケットからタバコを出す。



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しかし火をつける手が、少しだけ遅い。



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「なあ悟」



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広岡は振り向く。



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阪田は、珍しく真顔だった。



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「俺さ」



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「ちょっと最近、思うんだけど」



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一拍。



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「このままでいいのかって」



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その言葉で、広岡の呼吸が止まる。



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(まただ)


(また“ズレてる”)



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昨日までなかった言葉が、ここにある。



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阪田は続ける。


「竹中もいねえしさ」


「なんかさ、俺らだけ取り残されてね?」



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広岡は答えられない。



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(取り残される)



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それは未来で見た現実の言葉だった。



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そのとき、広岡の頭に声が響く。



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(選べ)



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(ここで選べ)



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タバコを吸う流れ。



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いつもの“残る側”。



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それとも。



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拒否する側。



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歯車が軋む音がする。



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広岡は手を見る。



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ほんの少し震えている。



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(まただ)


(またここだ)



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そのとき。



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遠くでチャイムが鳴る。



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キーンコーンカーンコーン



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空気が切り替わる。



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阪田が舌打ちする。


「ちっ、先生来るぞ」



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タバコは消える。



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会話も流れる。



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だが、今回は違う。



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何かが“残った”。



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阪田の言葉。



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「このままでいいのか」



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それだけが、消えない。



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その夜。



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広岡は一人で歩く。



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地元の公園。


いつもの帰り道。



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しかし、そこに“違和感”がある。



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誰もいないはずの場所に、足音。



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振り向く。



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何もいない。



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だが確実に“誰かがいる”。



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広岡は気づく。



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人生の歯車はもう止まっていない。



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静かに、ズレながら回り始めている。



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そしてその中心には、いつもあの視線がある。



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(続く)

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