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『何者にもなれなかった男』  作者: こうた
第2章中学生の王様

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第5話「竹中の違和感」

翌日。


学校は何もなかったように始まった。



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チャイム。

朝礼。

ざわつく教室。



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すべてが昨日と同じ顔をしている。



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広岡悟は机に座る。



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だが、違う。



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昨日までの“安心感”がない。



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(昨日、何かを逃した)



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その感覚だけが残っている。



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休み時間。


竹中清が後ろの席から声をかける。


「なあ悟」



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「昨日さ」



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一瞬、広岡の体が固まる。



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(来る)



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竹中は少しだけ言いにくそうに続ける。


「なんか俺、変なこと言ったかな」



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広岡は息を止める。



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(タバコのことか?)


(それとも全部か?)



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だが広岡が何か言う前に、竹中は笑う。



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「いや、別にいいんだけどさ」


「なんか最近さ、こういうのダサい気がしてきて」



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その言葉に、広岡は違和感を覚える。



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(昨日の“やめとけ”)


(あれは偶然じゃない)



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竹中は窓の外を見る。



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「俺さ、ちょっとだけ思ってんだよな」



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「このままじゃ、なんも変わらねえなって」



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広岡の胸がわずかに動く。



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(始まってる)



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未来の記憶が頭をよぎる。



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竹中はこのままなら“抜けていく側”だ。



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格闘技を始める。

地元を出る。

変わる。



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そして自分は。



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(残る側)



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そのとき、廊下から声。



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阪田健吾。


「おい悟、今日もゲーセン行くぞ」



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いつもの誘い。



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いつもの流れ。



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だが、今日は違って見える。



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“固定される道”に見える。



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竹中が小さく言う。


「俺、ちょっと今日はやめとくわ」



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空気が止まる。



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阪田が笑う。


「は?珍しいな」



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竹中は肩をすくめる。


「ちょっと考えたいことあんだよ」



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その言葉で、広岡は気づく。



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(分岐が動いてる)



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ほんの小さなズレ。



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だがそれは確実に未来を変える。



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その夜。



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広岡は一人で帰る。



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竹中はいない。


阪田もいない。



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いつもの“セット”が崩れた帰り道。



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静かすぎる道を歩きながら、広岡は考える。



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(俺だけが残るのか?)



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(それとも俺が遅れているのか?)



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そのとき。



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街灯の下に“影”が立っている。



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スーツの男。



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まただ。



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広岡は足を止める。



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男は何も言わない。


ただ見ている。



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そして一言だけ。



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「分岐が始まりましたね」



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広岡の背中に冷たいものが走る。



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「……何がだよ」



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男は答えない。



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ただ静かに消える。



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夜だけが残る。



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広岡は理解する。



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これは偶然ではない。



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誰かが、人生を“見ている”。



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(続く)

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