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『何者にもなれなかった男』  作者: こうた
第2章中学生の王様

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第4話「断り損ねた言葉」

口を開いた瞬間、喉が乾いていることに気づいた。



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広岡悟は、言葉を出そうとして止まる。



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「俺は──」



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そこまで出て、続かない。



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空気が重い。


校舎裏の静けさが、やけに耳に残る。



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阪田健吾が笑う。


「なんだよ、ビビってんの?」



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その一言で、周囲が少しだけ緩む。



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竹中清はまだ迷っている顔をしている。



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(ここだ)


(今だ)



---


広岡の頭の中で、未来が一瞬だけ流れる。



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・タバコを吸い続ける人生

・地元に残る人生

・変わらない人生



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そしてもう一つ。



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・ここで断る人生



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心臓が強く鳴る。



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だが、その瞬間。



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遠くでチャイムが鳴る。



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キーンコーンカーンコーン



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空気が割れるように現実が戻る。



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阪田が舌打ちする。


「やべ、先生来るぞ」



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タバコが慌ただしく隠される。



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火は消え、煙だけが残る。



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その混乱の中で、広岡の言葉は消えた。



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言えなかった。



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竹中が小さく笑う。


「まあ、今日はやめとくか」



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阪田も肩をすくめる。


「運悪いな」



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そのまま、いつもの流れに戻る。



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“何も起きなかったこと”として処理される。



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広岡は、その場に立ち尽くす。



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(言えなかった)



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それだけのことなのに、


胸の奥に小さな穴が空く。



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その夜。



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地元グループはいつものように集まった。



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公園。


自販機の光。


缶ジュース。



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笑い声。



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その中心で広岡は座っている。



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だが、今日は少しだけ違う。



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笑っているはずなのに、笑っていない。



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竹中が言う。


「悟、なんか今日静かじゃね?」



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阪田が笑う。


「お前も大人になったか?」



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その言葉に、広岡は曖昧に笑う。



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(大人)



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その言葉が遠い。



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そのとき、ふと視線を感じる。



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公園の外。


街灯の下。



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誰かが立っている。



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あの男。



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スーツ姿。



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広岡の背中が一瞬で冷たくなる。



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しかし次の瞬間。



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その姿は消える。



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竹中が言う。


「どうした?」



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広岡は首を振る。



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「いや……なんでもない」



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だが心の中では理解していた。



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(見られている)


(ずっと)



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その夜、帰り道。



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広岡は一人になる。



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静かな道。


街灯の光。


遠い笑い声。



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ふと足が止まる。



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(このままでいいのか)



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答えは出ない。



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ただ一つだけ確かなことがある。



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今日もまた、


“変わるはずの瞬間”を逃した。



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そしてその代償は、


まだ誰にも見えていない。



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(続く)

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