第3話「タバコの火」
放課後の空気は、昼より少しだけ軽い。
それでも、広岡悟の胸の中は重かった。
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手にはまだ「入部届」がある。
握りしめたまま、出せていない。
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(出せば変わる)
(出さなければ、また同じ)
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頭の中で、その言葉だけが繰り返される。
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校舎裏。
いつものメンバーが集まっていた。
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竹中清が笑う。
「今日どうする?ゲーセン行く?」
阪田健吾が続く。
「金ねえし、いつものとこだろ」
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“いつもの”。
その言葉が、妙に刺さる。
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広岡は少し遅れて立っている。
その位置は、いつも通りだった。
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(ここにいる限り、何も変わらない)
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そのとき、阪田がポケットから何かを出す。
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小さな箱。
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中に入っていたのは、タバコだった。
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「やるか?」
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軽い声。
冗談みたいなノリ。
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広岡の記憶が一瞬だけ揺れる。
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(中学でタバコ)
(これが始まりだった)
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竹中が笑う。
「やめろって」
だが目は少し興味がある。
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阪田が一本くわえる。
火をつける。
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カチッ
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小さな火。
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その瞬間、空気が変わる。
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広岡は見ている。
動けない。
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(これを止めるか?)
(止めれば変わるのか?)
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だが同時に、別の声。
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(止めても意味ない)
(どうせどこかでこうなる)
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煙が上がる。
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阪田が吸う。
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「うまっ」
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笑いが起きる。
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その中心にいる広岡は、何もしていない。
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そのとき竹中が言う。
「悟もやる?」
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視線が集まる。
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一軍の空気。
ここで断るのは“外れる”こと。
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広岡の頭の中で、未来が揺れる。
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・流され続ける未来
・断って孤立する未来
・変わる未来
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(ここだ)
(またここだ)
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指がわずかに動く。
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タバコへ。
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だが途中で止まる。
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(俺は知ってる)
(これが始まりだ)
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心臓が強く鳴る。
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そのとき、遠くで声がする。
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「やめとけよ」
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竹中だった。
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少しだけ真面目な顔。
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「なんか、これダメな気がする」
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空気が一瞬止まる。
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阪田が笑う。
「ビビってんのかよ」
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だが広岡は、その瞬間に気づく。
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(今なら変えられる)
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タバコ。
断るだけ。
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ただそれだけ。
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だがその“ただそれだけ”が一番重い。
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広岡はゆっくり息を吸う。
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そして――
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口を開く。
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(続く)




