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『何者にもなれなかった男』  作者: こうた
第2章中学生の王様

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第2話「一軍の中心」

教室の空気は、思っていたよりも変わっていなかった。


机の並び。

窓からの光。

ざわつく声。


すべてが“記憶通り”だ。



---


広岡悟は自分の席に座る。



---


(本当に戻ってる)


(中学の俺だ)



---


だが違和感がある。


それは“未来を知っている自分”がここにいることだった。



---



---


朝のチャイムが鳴る。


担任が入ってくる。



---


「席につけー」



---


何気ない日常。



---


だがその中で、広岡だけが異物だった。



---



---


休み時間。


すぐに周囲が集まってくる。



---


竹中清が笑う。


「昨日さ、ゲームやったろ?」


阪田健吾が続く。


「悟、あれ弱すぎだろ」



---


笑い。


いつもの空気。



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広岡は一瞬だけ黙る。



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(この中心にいる)


(俺はずっとここにいた)



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だが同時に思う。



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(ここに居続けたから、何も変わらなかった)



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そのとき、廊下の方から声がする。



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「広岡くん、ちょっといい?」



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振り向くと、女子グループが立っている。



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その中に、ひとり目が止まる。



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江南和子。



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ぽっちゃりした、明るい笑顔。



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(この時点で、もう出会ってるのか)



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彼女は少し照れながら言う。



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「今度さ、委員会一緒なんだけど……よろしくね」



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軽い言葉。


だが、未来の記憶がそれを重くする。



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---


(この子は……後で“選べたはずの人”になる)



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広岡の胸が一瞬だけ締まる。



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だがすぐに笑う。



---


「おう、よろしく」



---



---


何も変えない選択。



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それも一つの分岐。



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---


放課後。


グラウンドでは部活勧誘が始まっている。



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サッカー部。

バスケ部。

野球部。



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声が飛び交う。



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その中で、竹中が言う。



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「悟、どこ入る?」



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その一言で空気が変わる。



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(まただ)


(ここでまた分かれる)



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---


広岡の頭の中に未来が流れる。



---


・部活に入らない未来

・地元だけで固まる未来

・努力しない未来



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そして、


・変わる未来



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---


心臓が少し速くなる。



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竹中が笑う。


「どうせ一軍で遊ぶんだろ?」



---


阪田も笑う。


「帰宅部でいいじゃん」



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軽い。


軽すぎる。



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だが広岡は気づく。



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この“軽さ”が、人生を固定している。



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そのとき、別の声が混ざる。



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教師の声。



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「入部届は今日までだぞー」



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一瞬だけ、世界が止まる。



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---


広岡は紙を見る。



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『入部届』



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手を伸ばす。



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止まる。



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(まただ)


(また俺は止まる)



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竹中が言う。


「悟、行こうぜ」



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その瞬間。



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広岡は気づく。



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これは“選択”ではない。



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人生が初めて“自分に選ばせようとしている瞬間”だ。



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指が震える。



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紙に触れる。



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そのとき――



---


視界の奥に、あの男の気配。



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バーのスーツの男。



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見られている。



---



---


広岡は息を吐く。



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そして――



---


ゆっくりと、紙を握る。



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---


(続く)

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