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『何者にもなれなかった男』  作者: こうた
第2章中学生の王様

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第1話「戻った日」

目を開けた瞬間、まず感じたのは“軽さ”だった。


体が軽い。

呼吸が軽い。

視界まで軽い。



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広岡悟はゆっくりと起き上がる。



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そこは、見覚えのある部屋だった。


だが、記憶より少しだけ古い。



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カーテンの色。

机の傷。

壁のポスター。



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全部が“あの頃”だ。



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(本当に……戻ったのか)



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手を見る。



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若い。


まだ太っていない。


まだ“何者にもなっていない手”。



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---


ドアが開く。



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「悟!遅刻するぞ!」



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竹中清の声。



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その瞬間、広岡の胸が強く揺れる。



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(いる)


(本当にいる)



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部屋の外に出ると、朝の光が眩しい。



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学校へ向かう道。



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同じ仲間たちが待っている。



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阪田健吾。

平星健次郎。

いつもの面子。



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彼らは笑っている。


まだ壊れていない笑い方だった。



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「おい悟、今日どうする?」


「部活サボるか?」



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軽いノリ。


軽い世界。



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広岡は一歩遅れて歩く。



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(ここからだ)


(ここで全部変わる)



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しかし同時に、別の感情もある。



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(変えたらどうなる?)


(俺はどこに行く?)



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未来の記憶が頭の中で重くなる。



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・地元に沈む自分

・出世できない自分

・病院の天井



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その全てを知っているのに、


今ここでは誰も知らない。



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竹中が振り返る。



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「悟、行くぞ」



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その一言で、世界が少しだけ動く。



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広岡は気づく。



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これは“やり直し”ではない。



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同じ人生を、違う角度から歩くことだ。



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そして、その瞬間。



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遠くで誰かに見られている気配がする。



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あのバーの男。



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またどこかで見ている。



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広岡悟は、ゆっくりと息を吐く。



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そして歩き出す。



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(ここから、変えられるのか)



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(それとも、また同じなのか)



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---


答えはまだない。



---


だが一つだけ確かなことがある。



---



---


この日が、


最初の“本当の分岐点”になる。



---


(続く)

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