その1
今になって思い返せば、彼――いや、この世界へとやって来る前の彼は、なんというか……もっと誠実な男のはずだった。
くそ正直というか、汚れを知らぬというか。いや、それはなにも特別なことではなくて――
彼がもといた世界では、むやみに人を騙したり貶めたりしなくても、誰もが十分に生きていけるような恵まれた世界だったのだ。
だから――
できることなら、彼もそのままの純粋さを保って生きていければよかったのだが……。
だがどうだ。今の彼ときたら。
『二兎を追う者は一兎をも得ず』という教訓すら忘れ、大事な仲間や親友を天秤にかけてしまったのだ。ならばこんなしっぺ返しが降りかかってきても、文句など言えるはずもない。
ついに彼にも選択の時が来たのだ。
この国を統治するエーデル国王の親友としての立場をとるか、それとも『夏国』の再興を目指す反抗組織の幹部としての立場をとるか――。
今、彼の屋敷は二つの集団に囲まれている。
一方は、国王と共により良い王国を築こうと励んできた近衛騎士団の仲間たち。そしてもう一方は、王国に反旗を翻し、この土地を再び『夏人』の手に取り戻そうとする反抗組織『冬瓜』の面々。
近衛騎士団と冬瓜。
この相反する二つの組織を天秤にかけ、素知らぬ顔で騙し続けてきた彼は、もはや絶体絶命の状況にあった。
自業自得と言われればそれまでだが、彼とて好きでこんな危ない橋を渡ったわけではない。それはまるで、終わりの見えない綱渡だったはずである。
だが、あの時――義理の父である騎士団長を手にかけたあの瞬間。彼の目の前には、たった二つの選択肢しか残されていなかった。
いや、違う――彼には選択肢など存在しなかったのだ。
どちらを選んでも、もう片方から命を狙われる運命だった。
つまり――
彼が生き延びるには、こうするしかなかった。
『どちらかを選ぶのではなく、両方を選ぶ。』
そんな卑怯な方法しか。
誠実さを欠こうと、友や仲間を騙そうと、それが生き残るためなら仕方がない。彼にとっては、それこそがこの世界で生き延びるための、たった一つの選択肢だったのだから




