310話 慌ただしい朝
目覚めの朝はどこか騒がしい食卓があった。
当たり前のようにお姉ちゃんは早起き。
キッチンに向かうと、お父さんもお母さんも揃っていて。
緊急家族会議を開いていた。
「なんだか忙しないけど、どうしたの?」
「お母さんのお姉さんから招集がかかってね。魔導書、聖典持ちは全員出動だって」
つまりはおばあちゃんである。
「そういえばお母さん魔導書持ってたもんねぇ」
「下っ端の僕まで出動っていうんだから、相当大規模な作戦らしくてね。有給をつかわされたよ」
「お仕事ってそんな簡単に休めるの?」
「お父さんの会社の親会社がおばあちゃんのお姉さんだからね。下は従わなくちゃいけないのさ」
鶴の一声。
もしくは白羽の矢。
「魔導書持ちってそんなに大変なんだ? 私たちってどういう立場なんだろ?」
「緊急招集がかかるってことは出動先はドリームランドだと思うから、一度でもそこにいったことのある人は呼ばれるんじゃない?」
知らないけど。
「じゃあ、私たちはまだ大丈夫?」
「大丈夫だけど、騒ぎの中心て確実にミルちゃんなんだよね」
「そうなの?」
お姉ちゃんはお母さんに尋ねる。
「詳しくはわからないわ。招集自体は稀によくあることなの。今回は規模が大きいから、集められるだけ集めて報告はその後じゃないかしら?」
「そうなんだ」
稀によくあるんだ?
でもそれはこぢんまりとした身内だけのものらしく、日常にさして影響もないと。
「どっちみち、今日はAWOの配信あるし、その時でも情報聞けばよくない?」
「そうだね」
「お母さんとしては、できれば今日はAWOにログインして欲しくないのよね」
「えーどうして? ドリームなんたらっていうのは別のサーバーのお話なんでしょ? メインサーバーに関係してくるの?」
私の説明を、お姉ちゃんはWBOの別サーバーのことのように受け止めたらしい。
まぁ間違っちゃいないけど。
「あっちの世界は確かにそうだけど、勢力図が塗り替わると人が住めない地域に変貌しかねないの。それが一番怖いのよ」
それはゲームとしてどうなの?
まぁAWOのことだしな。
その勢力図を頑張って押し留めるためにお母さん達は呼ばれたんだろうし。
「あっ……なんか聞いたことある」
「一応赤の禁忌までは進んでるから、空の上で高みの見物とか?」
「空も危険と言えば危険だけど、ジョブ獲得の陣営内なら安全は確保されてるわ」
そこまで危険と言われたらログインを迷ってしまう。
陣営はどこに進むか、少し迷っているのだ。
というか、今回はレムリアにもアトランティスにもなんの恩義もない。
普通にムーも面白いかなと思ってるけど、条件が地下世界攻略だしなぁ。
あとでレイちゃんにページがどこに眠ってるか聞いとこ。
地下にもありそうなのはうすううす予感してるんだよね。
それと見えないものを目視するという技能は割とドリームランドでも有効な気がするので是非とも獲得しておきたい。
どのみち新メンバーを連れて行けるかという問題は付きまとうけど。
アキルちゃん、絶対赤の禁忌いったことなさそうだし。
でもドワーフだから地下には耐性あるか。
じゃあどっちみち地下には行くかな?
それでよし。
朝食をいただいてから今日の宿題に取り掛かる。
8月も5日を周り、そろそろ観察日記も仕込んでおかなければいけないところ。
朝顔のタネは取り寄せてる最中なので、あとは鉢と土の仕入れを待つばかり。これなら私がやれるしね。
なんだかんだ、このボディは暇なことが多いのだ。
「ハヤテ、雪っちがEPOに参戦するって」
「え? 今から?」
「流石に配信には出ないよ」
「そうだよね、びっくりした」
「やっぱりディノちゃんうちのクラスの日奈っちだったみたいでさ。ディノちゃん誘って行くって」
バラしたか、特定まで持って行ったか。
あんまり無茶な要求してなきゃいいけど。
「じゃあ今日もディノちゃん参加しないって?」
「そうみたいだね。でも雪っちよくディノちゃんが日奈っちだって気がついたよねー」
「多分配信でボロを出してたとか?」
「カマかけしてたんだ?」
「あれは誘導尋問みたいだった。見ててかわいそうだったよ」
「いじめはダメだよ?」
「あとで雪っち締めとくね」
「ほどほどにね」
加減はわかっていても、身内のノリってやりすぎちゃうところあるし。
そんなこんなでEPOにログイン。
フレンド募集に集まってきた葉ちゃんに連絡事項を伝えておく。
「今日もディノちゃん来れないって」
「知っておりますわ」
「モミジちゃんもチャットにいたよー」
「何それ聞いてないんだけど」
お姉ちゃん?
ジトリと視線を向ければ。
「ハヤちゃんも来なよー」
「あのノリについていけないんだよー」
リノちゃんから来ない私が悪いみたいな反応をもらった。
なんというか、女子中学生のノリがいまだに掴めない。
お姉ちゃんは、まぁお姉ちゃんだし。
リノちゃんは私に気を遣ってくれるからね。
葉ちゃん? あの人は適当にあしらっておけばいい。
腐れ縁というのはそういうものだ。
「気にしてるのあなたくらいですわよ? というか、変によそよそしいと言いますか。いつものあなたで向かえばよろしいのよ」
「そうそう」
「もう雪っちは配信中のハヤテ見てるからねー」
「変に畏まられると調子くるっちゃう?」
「うんうん」
つまり、もうどれだけかしこまっても評価は変わらないってことだ。なんてこった。
中学生デビューは遠い夢と潰えた。
まぁ別にデビューするつもりもないけど。
「それで、このまま配信に流れる感じ?」
「予定としては」
「そういえば今日紅ちゃんは?」
昨日は司会進行をやってくれた。
けど今日はいつまで経っても現れない。
来るか来ないかだけ聞いておきたいところだ。
「姉様はわたくしがみんなと仲良くしているのが見れたので仕事に戻りましたわ」
「あー」
あれやっぱり心配で見に来てたのか。
なんて妹想いのお姉ちゃんなんだろうね。
葉ちゃんはもっと素直になれってことだね。
「そういえばリノちゃん、今日はおじさんは?」
うちの家族がAWOに急いでログインしていった。
おじさん達もベルト持ち。
今はたいしてログインしてなくとも、おばあちゃんの影響力次第では駆り出されることもふ踏まえたら……招集を無視できるかは怪しいと思っている。
「うん、なんか忙しいみたいで。今日は一般サーバーでやってくれって」
やっぱりか。
「どっちみち今日は串焼きの食べ比べをする予定だし、一般サーバーでやる予定だったから」
たれが残ってる限りは枝肉を持ち込んだもん勝ちだもんね。
「そういえばそんなこと言ってたね! 今日もいっぱい解体しちゃうよ!」
「がんばろー、おー!」
「わたくしは高みの見物ですわ」
「|◉〻◉)ノお待たせー」
「あ、レイちゃん来たね。じゃあ配信を始めようか」
どっちにしろ、今AWOのことを私たちが心配しても仕方がないことだ。
「本日もよろしくお願いします」
妖精さんがふわふわうきながら私たちの周りを浮遊する。
「イグニス様もフットワークが軽くなりましたね」
「パスを一度通せば、あとは気の向くままに来られますから。神も娯楽が必要なのです」
「なかなか切実な問題なんですね。それでちくわ大明神とは会えました?」
「なかなかに素晴らしい神様でしたよ」
「|◉〻◉)教えた甲斐がありました」
ドヤっているレイちゃんを引き連れて、私達はステージ4へと赴く。プラおベートサーバーと違い、こっちではプレイヤーがたくさん賑わっている。
特に活気があるのはやはり開拓村のど真ん中。
害獣討伐の詰所だった。
そこから上がる煙は、非常にお腹の空く香りである。
また何かの肉を焼いているな?
朝から大変ご苦労なことだ。
「随分と賑わってるねー」
「イベントを起こした張本人が何を言っていますのやら」
「え?」
「これは自覚のない顔」
「というか、全く自覚ないよ。イベント的にはちょうどよかっただけで、私がイベント起こした張本人じゃなくない? イベント自体は特定のジョブに向けたものだったじゃない」
「そうともいうけどね」
それ以外言わないよ。
「じゃあ、今回のナレーション、やりたい人」
私が話をふると、皆が視線を横にそらした。
「私がAWO、お姉ちゃんがWBO。EPOはむしろ葉ちゃんにやっていただきたいかな」
「リノさんは?」
「リノちゃんはむしろ運営との架け橋みたいな立ち位置。いつもお世話になってるから、そういう役回りはしなくていいバランスでやってるよ」
「わたくしはどちらかといえば開発側なのですが?」
「なんでそんなに嫌がるのかなー」
むしろ開発側ならこのゲームのいいところポンポン出るでしょ?
「嫌と言いますか。わたくしはあなたと一緒に遊ぶようになってから、開発側の視点じゃなく、プレイヤーとしての視点しか持てなくなってしまったのですわ」
「うん、それでいいからやって」
「この人は……」
葉ちゃんはそういうけど、そもそも配信なんて素人がゲームで遊ぶくらいの趣旨しかないよ。
「葉ちゃんは気にしすぎだよね。あたしだってうまくやろうなんて思ってないよ。でもそのゲームが好きだからね。あたしはこうやって遊ぶけど、みんなはどう? って呼びかけながらやってるよ」
「そういうのでしたら」
ほら、つべこべ言ってないでマイク持って。
カメラは自動で動かすから。
配信始めるよー。
「待った待った」
そこへ割り込む人影が二つ。
「あら?」
「あ、ミルちゃん。本物?」
「いやぁ配信始める前で良かったよ。今から参加できる?」
息を切らせて、少しだけその場でへたり込んでから。
ミルちゃんは何食わぬ顔で合流した。
「それは構わないけど」
「うん。まだ始める前だったからね」
「あなた、突然現れて参加しますは進行役に少し失礼ではなくて?」
「ごめんってば」
葉ちゃんてば、丸投げされたのをいまだに根に持ってるのか。
こんなのやったもん勝ちなのにさ。
「それで、その子は?」
「あ、この子? しーちゃん」
「ししし!」
『し』しか言わないからしーちゃんなのかな?
白銀の髪は地面につくまで長く、前髪で目元を隠している。
しかし顔の半分は口であるかのように大きく湾曲しており、そこからはギザギザの歯が並び、端からは涎が垂れていた。
なんだろう、このビジュアル。
激しく既視感がある。
「しーしー! ししし!」
「え、またお腹すいたの? しょうがないなぁ」
「その子の言ってることわかるの?」
「あ、うん。AWOの方でちょっとね」
「そういえばアザトースが受肉したっていう噂があったよ。ミルちゃんは何か知ってる?」
「え? そうなの? 知らないなー」
とても白々しい顔である。
なんなら口笛を吹こうとして吹けてないのまで含めて、何かを知ってるな?
「何はともあれ、始めますわよ。それよりもミルモさん」
「何かな?」
「あなた以外剣術と弓術をマスターしております。本日は罠術をマスターしたらそのままステージ5に向かいますわ」
「あれ、あたし置いてかれる?」
ステージ5へは全ての武器レベルをマックスにしないと赴けないところだ。当然このまま進めば、ミルちゃんはここに置き去り。今になって焦ったところでね。
「昨日一気にマスターまで進んだんだよね」
「迂闊! それは時間的猶予のなさ」
「勝手に休むって言ったのはそっちだけどね」
「ししし! ししし!」
「しーちゃんにも笑われてるね」
「うるさーい! 少しはあたしを労われよー」
「|◉〻◉)ノヨシヨシ」
「ししし!」
「|◎〻◎)こら! 僕の手は食べ物じゃありませんよー」
「ししし〜」
ガジガジとしーちゃんに手をしゃぶられるレイちゃん。
命の危機を感じたのか、すぐさま引っ込めた。
しーちゃんは少し残念そうにしながら、串焼きの方をガン見している。
食べ物だったらなんでもいいのかもしれない。
よそ様に迷惑をかける前に、なんかご馳走しなくちゃなぁ。
果てしなく嫌な予感しかしないけど、時間が差し迫ってるのもあって配信を始める。
さてはて、今日は特に横道に逸れることなくやりたいことができるかなー?




