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式神の魔術師  作者: 池上葉
第一章 託された使命
21/25

21、式神の魔術師

次話から現代に戻ります。

石の魔術師との最終決戦。

そして第一章ラストまで~

「さて……」


 十和を左肘で支え、脇に挟み込む。こうして再び抱くことになるとは思ってもいなかった。

 石化しているが、表情は安らかな眠りについているようにも見える。

 自分勝手だが、そう思い込みたいだけなのかもしれない。心の中で謝罪し、千尋と千影に体を向ける。


 侵食した石化のせいで自分で動くことができない。大鷲の背に乗せられた二人を目の前まで連れてきて、右手を千尋に当てる。


 まずは十和の魂を千尋へ。それが済んだ後、自分の魂を千影へ。


 時間的にはギリギリか。早速始めることにする――そう思ったのだが!


 侵食のスピードが増してきている。それも急速に。


 来てる! 奴がすぐそこまで……ッ!

 クソッ! これじゃ間に合わない!


 考える時間は残されていなかった。

 清之介は十和を千影のそばに置き、右手を千尋に押し当てる。左手が使えないため、呪術書のページをめくることができなさそうだが、今の清之介には必要なかった。


 内容は一字一句全て頭の中に入れてあるからだ。


 四諦したい式――ト学式をベースに作られた術式言語。ベースにしているとはいえ、普段式神を使用する際に用いているト学式とは異なる言語だ。


 戦闘に主軸を置いている古代魔術師にとって、二つ以上の術式言語を修得することはあまり褒められた行為とはいえない。

 複数の術式を使えるというメリットよりも、修得した術式の精度を落としてしまうほうが、デメリットとして大きいからである。


 近年の三上清之介が、式神を構築するまでに要する時間が以前の倍ほども必要になったのはそのためである。ここに追加する形で八芽が『石の魔術』まで授けていれば、おそらく清之介は魔術師として生きていけてはいないだろう。八芽の判断は正しかったといえる。


 そして足の上に置いた呪術書。ページは開かれていない。記憶しているなら所持する必要はなさそうだが、この場合の呪術書とは触媒の役割を果たしているのである。


 触媒とは、特定の反応を促進させる作用を持つ物質のことである。

 扱うのは人の魂であり、生命そのものである。四諦式を読み解くことができる術者が、この『生命の魂源』を所持した状態で術を発動させる――これが正規のやり方であり、触媒なしの『イメージ』だけで済ませてよいわけがない。


 音になるかどうかといったつぶやき。高速で口が動くが、焦ってはならない。


 今やっているのは一人の式神を作り出すためのもの。死んでしまった肉体の機能を回復させ、強引ではあるが魂(意識)と繋ぎ合わせるための土壌を築いていく。

 これから起こりうる全ての事象に対応できうる思考パターンと行動原理を構築するのだ。


 膨大な量の言語が千尋の内部に焼きつけられていくが、その情報だけがこれからの千尋の指針を決定してしまうものになる。


 時間はない。いつ『石の魔術師(ホルンフェルス)』が現れるかわからない。自分の体が持つかもわからない。だが、決して適当であってはならない。



 ――やるからには最高の式神を作り出してみせる。



 十数秒が経過。無限とも思えるほどの長い時間。本来ならここで終わりだが、彼にはまだやることがあった。

 ここで魂を封入し、式神として生まれ変わらせたとしても、『今の千尋』では『石の魔術師(ホルンフェルス)』から逃げられない。それに、千尋にはほかにやってもらわなければならないことがある。


 十和の魂を使って千影を再式神化させるために、清之介が持っている四諦したい式を読み解く能力と、これまで培ってきた三上清之介の技術の全て(ト学式)を、追加で千尋の中に焼きつけなければならないからだ。


 元々容量が一杯のところに無理やり詰め込むのだ。犠牲となるものは必要である。

 清之介が選択したのは、生き残る上で不要な感情の揺らぎ――心を削ることだった。


 ――生前の千尋の性格は失われてしまうが……、済まない。


 ハッと我に返る清之介。術者が揺らぐようなことがあれば、それがイメージとして対象者に余分な情報を与えてしまうことになる。

 すぐに自分をいさめ、残り少なくなった作業に没頭する。


 そして――

 清之介の体が光り出す。あとはこの魂を千尋の内部に送り込むだけ。


 ――願わくば、俺の魂が少しでも千尋の体に馴染むように……。


 淡い光は、清之介の右手を抜け、千尋の体に吸い込まれていく。


 石化は下半身を覆いつくし、残りは首から上だけとなっていた。残ったのがここでよかったと思う。最期に千尋に語りかけることができるからだ。


 一人の男としてではなく、血の繋がった息子としてではなく、式神の魔術師となったお前に、術者である俺からの、最初で最後の任を与える。



 ――千尋。千影のこと……頼んだぞ。



 失われる光。目を開ける千尋。背後で聞こえた爆発音。薄れていく音。視界がふさがり、清之介の鼓動が――ち……ひろ……――停止した。


 上体を起こした千尋。目の前には石の塊となった『何か』がある。

 それが『何』であるかを、千尋は理解することができただろうか。

 どちらにしても、ここからの千尋の行動を阻害する理由にはなりえなかった。


 その『何か』の足の上に置かれた呪術書を回収し、千影と十和を抱き寄せる。

 そしてすぐに大鷲を飛ばす。一瞬だけ振り返ると、そこには『石の魔術師(ホルンフェルス)』と『バフォメット』のメンバー十数人が寄り集まってきていた。


 ここから上空へと逃れると打ち落とされる恐れがある。低空飛行を心がけ、千影の安全確保を第一――正確には唯一に設定し、行動を開始。


 この時、『石の魔術師(ホルンフェルス)』の『石眼』から逃れられたのは運が良かったというほかない。なぜなら千尋には『石の魔術師(ホルンフェルス)』という存在、『バフォメット』という存在がどういったものなのかを理解できていなかったからだ。


 清之介を通して知識を『焼きつけられた』といっても、それは技術の話であって記憶ではない。清之介が修行と任務によって培ってきた経験であって、『石の魔術師(ホルンフェルス)』がどんな術を使い、その素性が誰であるかではないのだ。


 ただ、自分が死ぬ前に見た記憶――村人を殺していた集団――父に危害を加えようとしていた集団――千影を襲ってきた集団――そこから敵対勢力と判断し、迅速な今の行動へと繋がっただけである。

 だから今の千尋にとって、『石の魔術師(ホルンフェルス)』よりもむしろ黒ずくめの集団――『バフォメット』の方が危険度が高く思えたのであった。





 『石の魔術師(ホルンフェルス)』は周りに集まったメンバーに石の魔術を行使。これで『石の魔術師(ホルンフェルス)』同様、肉体を強化して移動の速度を高めることができる。

 無論、千尋たちを追跡するためだ。


「行け」


 短い合図に、一斉に黒い外套がいとうを羽織った集団が動き出した。



 その速度は凄まじかった。十秒と経たずに千尋は追いつかれる。

 そこからは土砂降りのような攻撃の始まりだった。石ころや折れた木の枝が弾丸のような速度で突き抜けていく。


 山林をうまく利用し、姿を隠しながらの低空飛行を続ける。もし少しでも上空へ躍り出ようものなら、一斉に敵が木々を駆け登り、開けた位置からピンポイントで狙ってくるだろう。

 『飛べる』というアドバンテージを活かすには、一気に速度を上げて突き放せなければ、ただの的と成り果ててしまうだけである。今は木々の合間を縫いながら進むしかない。


 千影は……と見ると、すでに息を引き取っていた。知識として、彼女を蘇らせるすべは心得ている。もちろん『生命の魂源』でだ。


 多少時間をかけてでも追っ手を完全に撒き、安全を確保してから施術に移った方が賢明ではあるのだが、そうも言っていられない事情ができてしまった。


 千尋は、清之介から記憶まで引き継いだわけではない。だから、千影の『特殊な事情』については、逃亡中の今、知ることになってしまった。



 三上千影は人間ではなく、元々式神だったのだということに。



 どういうことかというと、式神に限らず使役されたものは、魔素が尽きる、または一定量のダメージを受けて絶命するようなことがあれば、焼きつけられた言語は消え、媒体となっていたものは朽ち果ててしまう。

 媒体となっていたもの――つまり千影の体が、ここにきて急速に腐敗を始めていたのだ。


 このままでは皮膚も肉も溶け、一時間と持たずにむくろとなってしまうだろう。さすがにそうなってからでは遅い。限りなく生者に近い肉体を用いることがこの術式のかなめ

 魂の拠り所を失っては、ただの生きる屍(ゾンビ)と変わらなくなってしまう。


 千尋はリスク覚悟で高度を上げた。危険なのは最初の一斉掃射だけ。それを避けきれれば相手も体勢を立て直すのにわずかな時間を要するはず。


 しかし、

 その一射目を避けることが困難だったからこそ高度を上げなかったわけで、儚い希望に全てを託すには大鷲はあまりにも的が大きすぎた。


 ドスドスと、鷲の下腹部に次々と石ころや枝が突き刺さる。終いには先の削られた大木が、羽をもぎ取って突き抜けていった。


 巨体が一瞬にして紙切れへと変貌。支えを失った二人の体は、地上百メートルから自由落下を始めた。


 式札も和紙も備えていない千尋にとって、ここでできることは一つしかなかった。

 千影と十和の体を抱え込み、着地点を見定めることのみ。


 地面が柔らかい土であっても、さすがにこの高さではひとたまりもない。着地した瞬間、両足の骨が折れた。

 しかし、痛がる素振り一つ見せることなく走り出す。脚が不自然な角度に折れ曲がるが、眉一つ動かすことはない。ただ千影と十和を抱えて走るだけ――だったが、


 ポケットに入れていたはずの呪術書がない。


 振り返る。どうやら先ほど着地した地点に落としてしまったようだ。千影たちを地面に寝かせ、急いで取りに戻るが、奥からはわらわらと黒ずくめの集団が詰め寄ってくる。


 距離はこちらが近いが、速さは向こうの方が上だ。


 ギリギリの勝負。

 タッチの差で千尋が呪術書を手にするが、代わりに額を思いっきり蹴りつけられる。衝撃を逃して着地。流れ落ちる血を拭い去る。


 次の瞬間には無数の石ころが迫ってきた。

 肉にめり込み、皮膚を切り裂き、骨を砕く天然の弾丸。


 敵が身につけているASM。そのメモリに保存された術式は間違いなく運動エネルギーに作用するもの。先ほどの異常な追跡スピードも、秒速三百メートルほどで放ってくる石ころも、原理は同じものだ。


 このままでは到底逃げ切れない。ならやることは一つしかない。


 千尋は呪術書の見返しにある遊び紙を一枚破り取る。何も書かれていないページだ。そこに魔素で言語を記して式神召喚する。最も速さに比重をおいたツバメに模した式鳥だ。媒体物は紙であれば何でもよいというわけでもないが、今回はうまく馴染んでくれたようだ。


 手前にいた男の頭部を貫く。敵が反応すらできないような速さだった。続けざまに敵を陽動、撹乱かくらん。縦横無尽に動き回る式鳥。


 その隙をついて、千尋は倒れた敵の腕からASMを奪い取った。

 『ただ使うだけ』でよいなら、現代魔術に特別な技能は必要ない。


 腕輪に魔素を注入。予想していた通り、体がふわっと軽くなる。通常ならあり得ないが、石の魔術と併用することを前提に調整された、肉体に作用させる特別製の術式だ。


 こんな状態で動き回ったら、それだけで血管も筋繊維も、骨も神経もズタボロになってしまうだろう。敵はその予防策を講じているようだが、もちろん千尋は違う。


 しかし、望むところだった。

 千尋にとっての最優先項目は千影。

 その為ならどれだけの犠牲を払おうが構わない。肉体はただ動くために機能すればいい。骨が折れようが内臓が潰れようが関係ない。


 今も全身から血が垂れ出てくる。式神化する前に失った血と併せればとっくに意識を失っていてもおかしくない出血量。

 だが、千尋はもう人間ではない。少量でも血が回っていれば『とりあえず』意識は保てる。


 自らの体と式鳥を使って、一人、二人と息の根を止めていく。


 全滅させるつもりだった。

 不安の種は残さないために、ここにいる奴らを全員殺した後、千影に施術。自身の治療も終わらせたら、次はあの黒スーツの男へ――


 この時の千尋はそのように考えていた。


 しかし、肉体の損傷は自分で想像していたよりも早く限界を迎えようとしていた。


 敵との交戦中、ふと見たその先に不穏な影。

 敵の一人が千影に気付き、接近を試みようとしているところだった。


 反射的に後を追う――が、その場に崩れ落ちてしまう。

 折れた足の骨が皮膚を突き破っていた。


 痛みは感じるが、式神である千尋にはただの電気信号でしかない。表情一つ変えることなく、すぐに式鳥を向かわせて対処させる。代わりに残りの敵メンバーが一斉にこちらに詰め寄ってきた。


 正直なところ、今がそうであるように、怪我をしていても動くことさえできればよかった。この戦いが終わった後、再起不能になっても構わない。


 しかし、このままでは敵を始末する以前の問題だ。


 勘違いしてはならないのは、優先すべきは敵勢力の排除よりも、千影の安全を確保しなければならないということだ。

 千尋は『まだ動く』左足に力を込め、この場からの離脱を最優先に設定した。


 体が動くうちに……。


 腰をかがめ、一気に飛び出そうとするが、その時――


 呪術書の一部に敵の手がかかった。


 振りほどきたかったが、ここで動きを止めると背中から取り押さえられてしまう。さすがにこの数相手では分が悪い。

 力任せに引っ張り、そのまま千影のもとへ飛び出す。


 破れた感触があったが、取り戻す余裕などない。勢いにのったまま千影と十和を抱き寄せ、山の傾斜を転げ落ちていく。


 敵が追ってきたが、式鳥を利用して時間をかせぐ。

 表情に変化はないが、必死に逃げること三分。


 途中で千影が投げ捨てたと思しき鞄が見つかる。教科書と数冊のノートしか入っていなかったが、今はそれで充分だ。


 十数ページ分の白紙を使って大きな虎を召喚する。専用の紙ではないせいか、それとも自分の意識が薄れていたせいかはわからないが、出来上がった式獣は酷く不出来なものだった。

 それでも足を引きずる自分よりは速い。


 敵の追っ手を撒いたのを知ったのは、それから数分の時間が経過してからだった。


 早速千影へと『生命の魂源』を使用する必要がある。

 触媒として活用しなくてはならない呪術書。半分破り取られてしまったが、得られる効果も半分なのか、それとも全く効果がないのか……。


 迷っている暇はない。


 術式を発動させ、十和の中に封じられた魂を、千影へと移動させる。

 光が収まり、そして――


 千影のまぶたがゆっくりと開かれた。


 これで最低限の役目を果たすことができたとでも感じたのか、それとも式神でも気が緩んでしまうこともあるのか、ここで千尋の意識が途切れる。


 一方、上体を起こした千影。千尋の顔を見るなり、


「ねぇ、あなた誰……って、どうしたの? ねぇ! 大丈夫? あなた酷い怪我してるッ!」


 触媒を半分無くした代償。しかしこの程度で済んでよかったと思わなくてはならないだろう。

 彼女はこれまでの記憶を失った。


 その代わりと言えるのかは疑問だが、千影は感情を取り戻していた。ひょっとしたら千尋の中に眠っていた想い――もっと優しい姉であって欲しいという『人間だった頃の記憶』が、施術の最中に『イメージ』として無意識のうちに流れ出てしまっていたのかもしれない。


 ――三上千影。


 式神としては不完全。しかし、いや、だからこそか――

 今の彼女はひどく人間らしく見えた。






 同時刻。

 千草家の庭先、桜の木の前にて。


 完全に石化したはずの清之介だが、今は『石の魔術師(ホルンフェルス)』の手によって術が解かれ、仰向けに寝かされていた。

 もちろんすでに魂源は消失しているため、清之介が目を開けることはない。


 一通り体を調べ、呪術書――『生命の魂源』がないことを確認した『石の魔術師(ホルンフェルス)』。


「あの子に託しましたか……。随分と酷なことを……」


 平坦なつぶやき。そこにどのような感情が付与されていたかは本人にしかわからない。

 『石の魔術師(ホルンフェルス)』は音もなくこの村から姿を消した。


 置き土産、というよりは、これが彼なりのやり方だったのかもしれない。

 部下に命じ、山を崩して村を土砂の下に埋めた。


 火に焼かれた無数の遺体が、土の中で眠りにつく。


 数々の事件を起こしてきた『石の魔術師(ホルンフェルス)』。

 彼がこのようなことをしたのは、後にも先にもこの時だけであった。

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