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式神の魔術師  作者: 池上葉
第一章 託された使命
17/25

17、取引

「こちら現場の時計台ビッグ・ベンからお伝えしております」


 テレビ画面を通して、女性リポーターの緊迫した声が伝わってくる。


「昨夜未明、時計台ビッグ・ベンの大時計に身元不明の五名の遺体がはりつけにされていた一件につきまして、警察の見解では他殺の線が濃いとの見方ですが、一方で宗教的な儀式による集団自殺の疑いもあるとみて、慎重に捜査する必要があるとの発表でした」


 フリップに描かれた図を持ちながら、


「死因は今のところ不明ですが、遺体は五名とも逆さまになった状態で、手首と足首の四ヶ所に杭を打ち込まれ、大時計の文字盤に磔にされていた模様。遺体の身元は現在のところ判明しておりませんが、身につけていた衣類によりますと、頭頂部から前頭部にかけて印された、黄色の逆さ十字のマークということから、国際過激グループ、また、魔術犯罪組織に指定された『バフォメット』の一員である可能性が高いとの見解が示されています」


 カメラはリポーターを映像の中心に捉え、


「なお、遺体のマントからはスプレー塗料を吹きかけたとおぼしきメッセージが描かれており、同じ内容が書かれたメモが現場周辺からも大量に見つかっております。ここにそのメモがあります。ご覧下さい」


 二十センチ四方の紙をカメラに向けるリポーター。


「見えるでしょうか。ここに書かれている文字はどうやら日本語のようです。こちらで翻訳してみたところ、次のようなメッセージが書かれていました」


 一呼吸はさみ、



「石の上にも三年、されど待ち人来たらず。目的の物が欲しければ、その意思を示せ」



 リポーターからスタジオへと映像が切り替わり、コメンテーターによる議論が活発さを増していく。

 加害者が被害者を利用して別の人物にあてたものなのか、被害者自身が不満を訴えたり、何かを要求するために行われたものなのか、または別の意図があるのか――


 テレビから目を離し、千尋に目を向ける千影。


「まあ怖い。時計台ビッグ・ベンといったらすぐ近くじゃない」


「大丈夫だよ。姉さんのことは何があっても僕が守るから」


 臆面もなく言ってのける千尋。クサイ台詞に聞こえなかったのは、彼の表情があまりにも真剣だったからだ。


「ホント? じゃあ、何があっても守ってね」


 不安な表情から一転、コロッと態度が切り替わり、うれしそうに微笑みかける。

 昨晩に引き続き、朝から二十人前はあろうかという食事を平らげながら、コクリとうなずく千尋。千影は箸を皿の上に置くと、


「じゃあ千尋ちゃん。今日こそお姉ちゃんと一緒に学院に行きましょうか。千尋ちゃん入学してからまだ一度もクラスに顔出してないんでしょ。ダメよ。ちゃんと行かないと。友達できないわよ」


「大丈夫。別に友達なんていらないから。それと今日も用事あるから、姉さん一人で学院まで行ってよ」


「えっ!? 今お姉ちゃんのこと守ってくれるって言ったじゃない! ピッタリ寄り添えるくらい近くにいないと、お姉ちゃんのこと守れないよ?」


「守れるよ。僕が近くにいなくても姉さんのことを守ることはできるから」


「どうやって?」


「式に見張らせている。何かあれば――いや、何か起きる前に式に対処させるから、安心して一人で学院に行ってよ」


「一人で?」


「一人で」


「お姉ちゃん、さみしくて孤独死しちゃうかも」


「大丈夫。その程度のストレスで死ぬような人間はいないよ。少なくとも僕は知らない」


 むうぅぅ……と頬っぺたを膨らませる千影。


「フンだ! いいもん! もう一人で行くから! 千尋ちゃんのばーか! 今さら付いて来たいって言っても連れて行ってあげないんだからねっ!」


 プンスカ怒りを撒き散らしながら、居間から出て行った。


 それを黙ったまま見送る千尋。申し訳なさそうにしているようにも見えるし、全く気にしていないようにも見える。

 姉と違い、感情を表に出すことがほとんどないため、彼が何を考えているのかは本人にしか知るよしのないことだった。


「……………………」


 箸を止めたまま二人の様子を眺めていた真冬。特に表情を変えることなく食事を再開した。






 学院長室。

 コンコンと扉をノックする音に、八芽――改め、ナディア・リドル学院長は、作業の手を止め訪問者を招き入れた。


 だが――

 現れた人物を目にして顔色が変わる。


 一瞬の驚愕と数瞬の狼狽ろうばい。二秒後にはつくろって取り澄ますが、心音の高鳴りだけは抑え込むのにしばしの時間を要した。


 扉から悠然ゆうぜんと入ってきたのは、あろうことか『石の魔術師(ホルンフェルス)』だった。


 事件のたびに顔や体格、背丈すらも魔術的な作用で変化させるため、本人と断定するにはDNA鑑定を用いるほか、この者の代名詞ともいえる『石の魔術』を目にする以外に特定の手立てはないのだが、今回に関しては一目で気付くことができた。


 三年前にカステル・リッチと名乗った、あの若者の姿だったからである。


 ただ、八芽が吃驚きっきょうしたのにはほかにも理由があり、


「『石の魔術師(ホルンフェルス)』。どうやってここまで?」


 二十四時間稼働中の結界――『四季詞陣』を潜り抜けてきたことに対してである。

 学院関係者の素性を徹底的に調べ上げ、面談し、変装などの細工、術的な痕跡を全て排除し、本人であることを特定し、同時に『問題なし』と判断できた者にだけ結界内のトラップを通過できるように設定した術式。


 トラップとは、一定以上八芽のいる位置へ近づこうとすれば、強制的に回廊の中に誘い込み、出口を別の場所に繋げて引き離してしまうというものだ。

 まさにこのような状況を避けるために仕掛けた結界であり、それだけに彼女の驚きはひとしおだった。


 八芽の質問に『石の魔術師(ホルンフェルス)』は、


「別に? 普通にお邪魔しただけですよ」


 結界の網をくぐり抜けてきたか――そう考えた八芽。そう簡単にできることではないのだが、『この者』ならやれてしまえると想像できてしまうことが寒心かんしんに堪えがたくもあった。


「それで一体あたしになんの用だい。ニュース見てここに来たんだろ。言っとくが、『あんな無茶なこと』やってあんたを誘い出したのは千尋だよ。わざわざここに来る理由なんてないと思うんだがね」


 『石の魔術師(ホルンフェルス)』が探しているのは、何者かに奪われた呪術書と千尋が持つ同様の物。

 『生命の魂源』の開発者である八芽なら同じものを複製することができるはずだが、この人物相手にその交渉を行うのは難儀を極めるだろう。


 たとえどんな対価を支払ったところで、八芽は『生命の魂源』を複製してはくれないし、学院の生徒や、それこそ千尋や千影を人質に取って交渉しても、この女なら眉一つ動かさずに見殺しにするはずだ――そのように想像できてしまうくらいには両者の付き合いは浅くなかった。


 『石の魔術師(ホルンフェルス)』がそのように考えるだろうということは、八芽も理解していた。今の牽制けんせいはそこから派生したものだった。


「今さらこんな老いぼれの命なんて欲しくもないだろうに」


 茶化すように告げると、


「いえ、ここに来たのはあなたに頼みたいことがありましてね」


 深刻な様子で答えてくる。


「頼みたいこと? なんだい」


「私と千尋の勝負の立会人になって欲しいのです」


「一体あたしに何を見届けろって?」


「公正に取引が行われるようにですよ。だって不公平でしょう。私が狙っているのは千尋の持つ呪術書。そして彼が狙っているのは私の命。私が千尋に殺されるようなことがあればそれでいいでしょう。特に文句はありません。勝負の結果ですからね。まぁ、そんなことは万に一つもありませんが……」


 一息入れ、


「しかし、私が彼を生け捕りにしたからって、目的の呪術書を渡してもらえる保障がないじゃないですか。ましてや、殺してしまえば永遠にその在処ありかが失われてしまうかもしれない。これが不公平と言わずになんと言いましょうか」


「あんた自分が何を言っているのかわかってんのかい? そもそもこの戦い自体が公正なルールのもとに保護されるべきものなんかじゃないんだよ。そんなこと言ったら、あたしが千尋に手を貸して、二人で一緒にあんたを始末するかもしれないよ?」


「いいえ、そんなことにはなりませんね。だってあなたにその気はないでしょう? あなたが千尋の気持ちを汲んでいるのと同じくらい、私の事情にも同情しているはずです。そうでなければ、未だに私の正体を千尋に伝えていない理由が説明できないですからね」


「あんた、どうしてそれを……?」


「やはり図星でしたか」


 鎌をかけた『石の魔術師(ホルンフェルス)』。しかし八芽に『してやられた』といった塩梅あんばいは皆無。


「図星も何も、すでに千尋はあんたの正体に気付いているよ。その上でお前を殺そうとしているんだ」


「千影のためにですか」


「ああ、そうさ。それが清之介があの子に託した最後の願いだからね」


「三年前に本人にも言ったのですが、私は別に千影に危害を加えるつもりなんてないんですがねぇ」


「お前が千尋の立場だったら、その話、信じられるかい?」


「……………………」


「それが全てだよ」


 落胆したように息を吐く『石の魔術師(ホルンフェルス)』。しかしそれは諦観ていかんには繋がっていない。


「仕方ない。千尋の全てが千影だというのなら、彼女を人質にして言うことをきかせるしかないようですね」


「安易にやれもしないことを口にするんじゃないよ。本気でお前が『あいつ』を生き返らせるつもりなら、最初から手段なんて選んじゃいないだろう?」


「……………………」


「お前も気付いているようだね。そう、あの子のすぐそばには千尋が放った式が控えている。最高級の一品さ。あの式神たち相手じゃ、全盛期の頃のあたしと清之介のコンビでも千影を連れ去ることなんてできないだろうね。あんた一人じゃもってのほかさ」


「そうですか……。なら、本当に手段は選ばない方がいいですね」


「何をもったいぶっている。打つ手なんてないだろう? 下手に取り繕ってないで――」


「打つ手ならありますよ」


 ピクリと反応する八芽。『石の魔術師(ホルンフェルス)』は薄い笑みを浮かべたまま、


「アルカナのメンバーを集結させます」


「ふん、バカな。あいつらがいちいちお前の私的なことに付き合ったりするもんかい」


「確かに、好奇心が強い割りに腰の重いメンバーばかりですからね。ただで動いてくれと言っても無理でしょう」


「何を支払うつもりだい?」


「さぁ? それは彼らに聞いてみないと。金で動く者もいれば、物で釣れる者もいる。彼らの要求に私が応えられるかはわかりませんが、もし動いてくれる見込みがついたなら、あなたはここで渋ったことを後悔することになりますよ」


「……………………」


「千尋とその式神……確か四体いたんでしたっけ? 四聖諦ししょうたいという。それにあなたを加えても六人。果たして、その戦力でアルカナの全メンバーを相手に千影を守り通すことができますかねぇ?」


 無言のまましばしの時間が流れる。


「……ふん、いいだろう。ここで了承するとお前の脅迫に屈したように聞こえるかもしれないが、いいよ。立会人として取引の場を整えてやろうじゃないか」


「そう言ってもらえて恐縮です。私も骨を折らずにすみました」


「千尋も、まぁ了承するだろう。あの子は自分が負ける可能性なんて微塵も計算に入れないだろうからね。例え罠が張り巡らされていようが、お前がいるとわかれば勇んで足を踏み入れるだろう」


「久方ぶりの邂逅かいこう。楽しみにしていますよ」


 ポケットから一枚の和紙を取り出し、そこに魔素を焼きつける『石の魔術師(ホルンフェルス)』。


「都合のよい日時が決まったら連絡してください。こちらはいつでも構いませんので」


 ヒラヒラと宙を舞い、八芽の足下に滑っていく。


「それでは」


 背中を向け、ドアノブに手をかける。そこに向かって、


「『石の魔術師(ホルンフェルス)』」


 呼び止める八芽。


「あの子を甘く見るんじゃないよ。子供の成長っていうのは、お前が思っているよりもずっと早いものなんだ」


 返答の代わりに少しだけ唇を緩め、『石の魔術師(ホルンフェルス)』は学院を後にした。

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