15、協会の魔術師+お手伝い
深夜。
建設途中のビルの地下一階。剥き出しの鉄骨が等間隔に並ぶ中、左右で毛並みの違う男たちが相対していた。
右手側には高級なスーツを着た男が三人。髪も服も整っているが、鋭い眼光や体格の良さが彼らの異質さを際立たせている。まるで戦場にいた兵士にスーツを着せてそのまま連れてきたかのようだ。
一方、左手側には十数名を越える男たち。対照的に、こちらにいる男たちに共通しているものは性別以外に見受けられそうにない。ギャングに片足突っ込んでいそうな若者から、六法全書を片手に抱えていそうな中年まで、街にいる男性を無作為に選んで連れてきたような印象を受ける。
「少し人数が多すぎるんじゃないかぁ。これじゃあ警戒するなという方が無理だろう」
見た目に違わぬ野太い声で不満を漏らす右手側の大柄な男。困ったように眉を寄せているが、それが本心なのかどうかは外見からは判断がつかない。
それを受けて、左手側から歩み出てきたリーダー格らしき男が返答する。
「重要な取引の場だ。警戒し過ぎるなという方が無理な話だろ」
「そうか……」
つぶやきながら自然を装って十数名の男たちに目を走らせる。
派手なアクセサリーを身に付けていたり、金属製の棒を振り回したり、中には拳銃のような形をした銃器を手のひらで遊ばせている者もいる。
予想していたことではあるが、彼らが持っているのは全て供給型術式補助装置《ASM》だった。
現代魔術におけるASM(Advanced Supply Method)の意義とは、メモリに保存された術式(記述式)をASMにセットし、あとは魔術の発動に必要な魔素を術者が流す――あるいは、空間に満ちた霊的エネルギーをASMに取り込ませるだけという、簡略化されたプロセスを実現したことにある。
つまり、今まで才能や資金、指導者などを備えた『一部の人間』のみが修得を可能としていた技術が、『早く』『手軽に』『誰でも扱える』という触れ込みのもと、『現代魔術』という名で急速に世界の裾野へと広がりをみせたのである。
必然的に急増する魔術犯罪。それに伴って、違法なASMや禁術指定された術式メモリなど、今や麻薬や銃器と並んで高値で取引される物品となっている。
そして、今夜の取引もそれだった。
危険ということで規制され、市場には出回ることのない術式プログラムの記載されたメモリを、今宵この場所で多額の現金とやり取りする手筈になっているのだ。
メモリを持った大柄な男たち――マフィアを装った現職の警察官である三人が、十数名の男たち――犯罪グループを摘発するため、嘘の取引を持ちかけてこの場に引っ張り出したのだ。
刑事である大柄な男は考える。
取引を成立させるにはそのメモリが本物であることをこの場で実演しなくてはならない。しかし、もちろんメモリには何も書かれていない。中は空だ。
その段階に至る前に、この大人数の男たちを捕らえなければならないのだが……。
顔には出さず、心の中で歯噛みする。
奴らが持っているのは間違いなくASM。この人数で威嚇するようにそれを見せつけてくるのは、こちらの策略に既に気付いているからなのか――。
こちらも拳銃を忍ばせているが、まともにやり合ったところで勝ち目がないのはわかっている。
それなのに不利な状況を被ってまでこのような場を設けたのは、こちらにも相応の『準備』ができているからだ。
しかし、できることなら『そいつら』の手は借りたくない。
そいつら――つまり、今もどこかに隠れ潜んでいる『協会の魔術師』である。
彼らの存在を、現場の警察官たちは否定的に捉えている。
魔術がらみの事件、またはその可能性がある時は、警察から協会へと魔術師の派遣を依頼する。これは昔からの決まり事というか、協会が発足してから結ばれた警察組織との『お約束』でもある。
昔は警察組織内に魔術対策用の専門部署を設けていたみたいだが、現在、ここイギリスでは完全に外部(協会)に委託する形を採っている。いや、採らされているといってもいいかもしれない。それだけ現在の魔術協会の圧力、権力、発言力は国単位の組織機構よりも高い位置にあるということだ。
こちらが地道に捜査し、容疑者を絞り出し、証拠を上げて追い込んだのに、『あいつら』は最後の一番おいしいところだけかすめ取っていく。捕まえるだけ捕まえて、時に殺すだけ殺し、後はこちらに丸投げ。事後処理に加わることもなく去っていく。
上の人間は現場の意見になど耳を貸さないし、協会の魔術師は我が物顔で自分たちの都合を押し付けてくる。これで腹が立たない者がいたら、そいつはお人好しかただの馬鹿だ。
規則だから一応協会に連絡し、魔術師を派遣してもらったが、『あんな奴ら』の手を借りるくらいなら俺たちだけでやってやる。
今回こそは、絶対に俺たちの手で魔術絡みの事件を解決に導いてやる。
そう心の中で反骨心を高めて意気込む刑事の男。後ろにいる二人も同じ気持ちだ。
一応、近くで仲間が待機してくれているはずだが、それでもここから数百メートルは離れている。敵の中に探知・探査を得意とした魔術師がいた場合、不用意に近づくと気付かれるリスクがあるため、少し離れたところで待機してもらっているのだ。
幸い、といっていいのかわからないが、この場にいる男たちに本物の魔術師はいない。ASMを持っているだけのただの素人だ。確証はないが、なぜかそう思える。刑事の直感というやつだ。
刑事は一度大きく咳払いし、
「まずは金の確認からだ。ちゃんと用意してきているだろうな。先に見せてもらおうか」
チャンスは一度。近づいてきた男を人質に取り、その隙をつく。
敵のリーダーは、
「いいだろう」
仲間に目配せする。
手下らしき男がアタッシュケースを持って近寄ってくる。数メートル手前で立ち止まり、床の上で開く。中には紙幣がびっしりと詰まっていた。
「確認させてもらうぞ」
本物の紙幣の下はただの新聞紙かもしれない。よくある手だ。しかしここでは金を確認することになんの意味もない。
できれば敵のリーダーがよかったが、この際仕方ない。何気ない素振りで近づき、敵の手下を拘束し、相手の出方をうかがう。
人質が有効に働くならよし。しかし、そうならなければこちらも反撃に移るのみ。
確かに俺たちが持っている拳銃は相手にとって脅威にはならない。現代魔術には運動エネルギーに干渉してくる魔術もあるからだ。撃った瞬間減速し、下手したら相手に届くことなく地面に落ちてしまうだろう。
だからこそ俺たちが選ばれた。普段からみっちり対人戦で鍛え上げられている俺たちなら、接近戦で混戦状態にさえ持ち込められれば勝機は得られる。
あんな軟弱な体をした連中なら、十人いようが二十人いようが話にはならない。
協会の魔術師が応援に駆けつけてくる前にケリをつけてやる。奴らの鼻を明かしてやる。これを契機に、警察署内で魔術師不要論を持ち上げ、ゆくゆくは協会そのものにNOの二文字を突きつけてやる。
膨れ上がる願望を胸中に秘めつつ、金の手前で腰をかがめるが――
「うおッ!?」
真横に飛びのく。一瞬前まで自分のいたところを、火の玉が抜けていった。
撃ってきたのは一番奥にいた細身の男。右手を突きだしながら薄く笑っている。
「何をやっている!」
これには敵のリーダーも虚をつかれたか、味方のはずのその男に非難の色を向ける。細身の男は、
「いや、そいつどう見ても警察だろ。怪しい気配プンプン漂わせてんじゃん。金よりも俺たちの動きに注意を払いすぎなんだよね」
チッ、バレてしまったか――
そうとわかればすぐに行動に移す。一度警戒されてしまえば誤魔化して取り繕うことに意味はない。
どのみち初めから『やる』つもりで準備を進めていたのだ。敵に先手を打たれたことは想定外だが、ここからでも充分に巻き返せる。
あえて集団の中頃に狙いをつけて走り始める――が、
「ぐっ!」「うぉッ!?」
背後から聞き覚えのある声。振り返ると、仲間の二人が木化した蔓に全身を絡め取られていた。
目を見張る刑事の男。一体どこからそんなものが――考える間もなくすぐに気付いた。
二人の足下に落ちた細い木の枝だった。長さは三十センチほど。途中で折られているが、直径一センチもない断面から次々と蔓が伸びて二人の動きを阻害していく。
明らかに成長の速度がおかしい――というより不可解な現象が起きているが、問題はそこではなく――
アイツかッ!
集団の右奥にいる男性。同じような木の枝を手に持ちながら、ブツブツと何かを唱えている。
魔術師だった。もちろんASMに頼った素人ではなく、古代魔術を扱うプロの魔術師。
男が持っているのは触媒と呼ばれるもの。現代魔術に置き換えるなら、あの木の枝そのものが記述式を保存するメモリに相当し、男性自身がASMの代わりになっているのである。
術式言語を口にする男。
別に口にまで出す必要はないのだが、それでも男が熱心に術式言語を唱えているのは――、単に術式をあやふやなイメージではなく、明確な言語として脳内変換するためだった。
古代魔術における触媒の役割とは、現代魔術のメモリのような『記述された通りに実行するプログラム』というだけではなく、『現象』の『発現』を『促進』するための、言ってみれば増幅器の役割も兼ねているのである。
増幅するからには、元になる言語はしっかりと構築しなければならない。あやふやなイメージがそこに含まれていると、いざ『発現』する時になって予想もしない誤動作を起こしてしまいかねないからだ。
彼がうつむきながら集中し、口にしてまで術式の構築に取り組んでいたのはそのためである。
これが一対一の対人戦であれば、術を唱える余裕など与えてはもらえないだろう。彼がこれだけ集中できているのは、周りにいるメンバーのサポートがあったればこそというわけだ。
術を発動させるまでにかかる時間と手間。
これこそが、戦闘という面に関して古代魔術が現代魔術に劣ると言われる所以である――逆の見方をすれば、現代魔術にはない多様性が古代魔術にはある、とも言える。
「くっ……」
術者を見つけたが、潰しにいくことができない刑事の男。顔をしかめながら周囲に目を向ける。
先ほどまでほとんど意識していなかったが、今になって見てみると、地面のあちこちに折られた木の枝が散乱している。どこまで近づけば絡め捕られるかわからない以上、迂闊にこの場から動くことができない。
クソッ、何が刑事の直感だ! 思いっきり本物の魔術師が紛れ込んでいるじゃねえか!
口から血が出そうな勢いで歯噛みする。
――強い者ほどその強さを隠す術に長けている。
刑事は知らなかっただろうが、集まった十数人のうち、半数以上はプロの魔術師だった。
「どうする。まだ続ける? というか、これってどう責任とってくれるの?」
火の玉を撃ってきた男。緊張感のない声色で告げてくる。
「殺したかったら殺せ」
強がりではなく、半ば以上そうなっても構わないと思っていた。それだけに、敵側もそれを本気だと受け取ったようだ。
「いやいや、さすがに警官殺しはマズイでしょ。それやっちゃったら、後々面倒なことになるだけだし」
だったらどうすればいいんだ――などと自分から尋ねるのも癪にさわる。腹は立つが、この状況を改善できるのは協会から派遣されてきた魔術師しかいない――のだが……。
何をやっている! どうして出てこない! まさか怖じ気づいて逃げたのか?
作戦行動前に一度打ち合わせは済ませている。すでにこの地下一階のフロア内のどこかに忍び込んでいるはずなのだが……。
チッ、期待した俺が馬鹿だったか。
頼りたくない相手に一瞬でも頼ってしまったことが、男にはこの上なく屈辱的なことに思えたのであった。
ちょうどその頃。
「T。残念だけど、この中に『石の魔術師』はいないみたいだね。せめて『アルカナ』かその下部組織、『バフォメット』か『レオナール』に関係ありそうな魔術師でもいればいいんだけど、この様子だとそれも期待できそうにないね」
黒いフード付きのマントを身につけた男。隣にいる同じ格好をした青年に小声で話しかける。続けて、
「アルカナのメンバーだったら、相手が警察だろうが政治家だろうが殺すことなんて躊躇わない。取引自体が嘘だとも発覚しているんだ。尚更だよ。ここにいる数人を除いて、半数は護衛で雇われた魔術師もどきだろう。君もとっくにそう判断しているのだろう? これ以上観察しても『石の魔術師』に繋がる情報なんて見いだせないよ」
「……………………」
「もしかして落胆している? 僕からしたらヒヤヒヤものだけどね。もし一人でも警察官が殺されたら、協会と警察の双方に言い訳が立たない。君はただの手伝いだから気軽なものなんだろうけどさぁ、少しは責任を取らされる僕の身にもなって考えてほしいよ」
「……………………」
「ねぇ、聞いてる? そろそろ行ってもいいよね。別に君の言うことを僕が聞かなければならない必要なんてないわけだし……。よし、決まり。ここにはアルカナに関係ある人間はいない。あてが外れて残念だろうけど、本当に行くよ?」
ここまで無言のTと呼ばれていた男は、
「エイブラハム、それは僕が判断することだ。少し黙っていてくれる?」
抑揚のない声でポツリ。それを聞いたエイブラハム・クロウリーという魔術師は、
「あのさ、一つだけいいかな。誰にも聞かれていないとはいえ、僕は暗部の人間で今は任務中だ。本名で呼ぶのはやめてくれないかい? 千尋」
当てつけのようにはっきりと相手の名を呼ぶ。
呼ばれた自称魔術師の三上千尋は、
「……………………」
ジッと相手の顔を見つめる。
特に怒っているわけでもふて腐れているわけでもない。何か考えているようにも見えるし、何も考えていないようにも見える。数秒の沈黙をはさみ、
「なんで暗部の人間がこんな表側の仕事を引き受けてるの?」
「え、そこ!? 今そこ気にするとこ?」
無言のまま返答を待つ千尋。エイブラハムは呆れにも似た息を吐き出し、
「単純に人手不足なんだよ。わかるだろ? リドル学長の紹介とはいえ、部外者である君の手も借りているくらいだ。そこは察してもらいたいものだね……、というか、そんなことより、さっきの話の続きだけど――」
「わかった」
話を遮って了承する。これにはエイブラハムも首を横に振るしかない。
千尋は手に持っていた仮面を装着する。おでこから鼻のラインまでカバーした白いプラスチック製の仮面だ。
切り取られた両目の奥から、二つの眼がスッと開かれる。
マイペース過ぎる千尋に不平を鳴らしつつ、エイブラハムも仮面を装着する。こちらは口元まで隠れるのっぺりした仮面だった。黒のフードを頭から被り、足下に目を向ける。
二人が今いる場所は、地下一階の天井付近。規則的に張り巡らされた剥き出しの鉄骨の上だった。高さは二十メートルほどある。
「T、目的の相手もいないようだし、君はここにいてくれてもいいんだよ。これは僕が引き受けた仕事だ。諸事情はあるといえ、君は協会の人間ではないのだし」
「大丈夫。迷惑かけた分の仕事量はこなすよ」
「そう、わかった。じゃあ今度こそ本当に行くよ……」
返答も待たず飛び降りるエイブラハム。右手に浮かび上がる刻印から焔が生まれる。放たれた先は、蔓に絡み取られた二人の警察官だった。
どうするどうするどうする……。
大柄な刑事の男は、硬直したまま次の一手を模索していた。
右手の中に隠し持っていたリモコンのボタン、それはすでに押してある。仲間への救援要請を告げる合図だが、到着するまでは今しばし時間がかかるだろう。
こちらの足掻きとは裏腹に、目の前にいる敵グループのメンバーは呑気に話し合いを始めていた。
刑事を人質に取ろうとか、早く逃げた方がいいのではなどと、こちらの存在など気にも留めることなく大声で話している。
なめやがって!
ギリッと歯噛みするが、状況が好転するわけでもない。
集まって話し合っているのは半数の人間、もう半数はこちらを警戒しているため、不用意に動くことができない。なんとなくこの両者は同じ組織の人間ではないような気がした。
まぁ、それも捕まえてみればわかるかと、思考を切り替える。
一か八かだが、単騎で特攻をかけてみようか――
狙うのは例の植物を操る魔術師。あいつを打破して味方の拘束を解き、一気に集団戦へと持ち込む。問題は途中でその植物に絡め取られないかだが、そのためには奴が呪文? を唱え終わる前に接近しなければならない、と思うのだが……。
難しいか……。距離が離れすぎている。せめて何かきっかけでもあれば……。奴らの気を引く何かきっかけ。
頼む。酔っ払いやホームレスがまぎれ込んで来てもいい。隕石が落ちてきても地震が発生してもいい。
五秒くらい奴らの気を引くきっかけ――
きっかけきっかけきっかけきっかけ……。
心の中で繰り返し唱えていると、
グォァァァァァァァァァァァァァァァァァァァシャァァァァァァァァァァァァァァ……ッ!
気を引くというには充分過ぎるというほどのきっかけが、背後で起きた。
暖色を帯びた光と、腹に響くような轟音。視界を埋め尽くすのは、横壁一面に広がる炎の山だった。
唖然とする刑事。まさに待ち望んだ機会ではあるが、あまりの光景に我を忘れる。
しかしすぐに焦燥に駆られる。
火の中から仲間の悲鳴が聞こえてきたからだ。
「ぐわあぁぁぁ……ッ!」
「だ、だれかぁぁぁ……ッ!」
炎が燃え盛っているのは、仲間の刑事が蔓に絡め取られていたところだ。
火の中で悶えるその声を前にして、
「ケイン! 小杉!」
同期でプライベートでも親交のあるマグワイヤ・ケイントウッドと、昨年イギリスで式を挙げ、永住権も取得した日本人の小杉・ヨアキム・十郎太だ。
「ケイン! 小杉!」
必死に呼びかけるが、火力が強すぎて救出することができない。ただ遠くから声をかけることしかできない刑事の男。敵グループのメンバーも呆気に取られているくらいだ。安易に近寄れないと判断してしまったのも無理はない。
その最中――、一人の男が上方から飛び降りてきた。
「お前ッ! 協会の……ッ!」
打ち合わせの時に一言二言会話した仮面の男――エイブラハムだった。
「お前がやったのか! どうして――」
なぜよりにもよって協力関係にある自分たちに攻撃を加えるような真似をしたのか――、息んで詰め寄ろうとするが、
――シュゥゥゥ……。
一瞬にして炎が消失する。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ……、あれ?」
火の中で悲鳴を上げていたケインと小杉。突如消えた炎に困惑した様子をみせるが、彼らの反応には違う意味があったようだ。
「あれ……、燃えてない。そういえば、熱くもなかったような……」
あれだけの業火にさらされながら、服も肌も髪も燃えた形跡はなかった。
ただ一つ、二人に絡みついた蔓を除いて……。
術者の狙った部分のみを燃やし尽くす浄化の焔――それがクロウリー家に伝わる『火の業』の正体だった。
数瞬訪れた静寂――
カツ、カツ、カツ……。
革靴でコンクリートを叩く硬質な音が、無機質な空間に響き渡る。音源の主は敵グループの中央。ゆったりとした足取りで刑事たちに向かって歩いてくる。
「なっ!? てめぇ!」
それに気付いた敵メンバー。驚きと威嚇を持って現れた人物を迎える。各々がASMや触媒となるものを取り出すが、それでも仮面の男――三上千尋に焦りはない。
悠然と敵の中を突き進み、そして――チラリと背後をうかがったその仕草を合図にしたように、十数にも及ぶ大蛇が現世に召喚された。
無論、三上家の代名詞――式神である。エイブラハムの『火の業』に気を取られている連中の背後に、こっそりと仕掛けておいたのだ。
人の胴体ほどもありそうな太い腹で、男たちを締め上げていく大蛇。抵抗の意思を示せた者は、一人もいなかった。
今度は警察官三人が呆気に取られる番だった。放心したまま固まる刑事。
敵にこちらの思惑が看過され、一時は死をも覚悟していたはずである。
それがたった二人、たった十数秒が経過しただけで形勢は逆転――というより、事件が解決してしまったのだ。
体には傷ひとつ残さず、敵が仕掛けた植物の蔓だけを燃やした『火の業』。
突如現れた身の丈をも越える大蛇、それが十数匹。
魔術に精通していない警察官たち。初めて目の当たりにする不可解な現象が、彼らに畏れの感情を呼び起こさせてしまっていた。
そのせいか、大柄な刑事の男はこう思ってしまった。
こいつらは今までの魔術師とは格が違う――と。
二人とも本来持っている実力の片鱗しか見せていないのだが、刑事の男には、それが本気でやったものか片手間に行ったものなのかの区別は当然ながらついていない。素人にプロの実力をはかれという方が無理な話だ。
ただあれだけのことをしておいて、感情一つ乱すことなく平然としているこの二人を前にして、底の知れない『何か』を感じずにはいられなかったのだ。
一刻も早く協会とは手を切るべきだ――頑なに塗りかためてきた信念が、音もなく霧散していった。




