↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/77

第七話 討伐軍

グラディス辺境侯国。


南部不毛地帯との境界線に位置する軍事国家。

王都グラディスの中央城塞では、一人の男が報告書へ視線を落としていた。


グラディス辺境侯ゼルバルト・グラディス



人類至上主義を掲げるこの国の支配者だった。


「またか」


机の上には複数の報告書が積まれている。


獣人討伐

魔族掃討

不法移動者の捕縛


どれも同じ内容だった。

南部の亜人達を監視し、必要なら排除する。

それがグラディス辺境侯国の役目であり、存在意義でもある。


その時。

謁見の間の扉が開いた。


「失礼します!」


飛び込んできたのは数日前に帰還した隊長だった。

フェンリスに敗れ、生還した兵士の一人である。


「何だ」


ゼルバルトが不機嫌そうに答える。


「例の件に進展がありました!」


「例の件?」


「正体不明の獣人勢力です!」


少しだけ興味を示した。

ゼルバルトは椅子へ深く腰掛ける。


「続けろ」


「斥候を派遣しました」


「ほう」


「そして発見しました」


隊長は唾を飲み込んだ。

未だに信じられないものを見た顔をしている。


「何をだ」


「都市です」


沈黙。


そして数秒後。

ゼルバルトは笑った。


「都市?」


「はい」


「南部に?」


「間違いありません」


「馬鹿な」


即答だった。

南部は不毛地帯だ。国家が維持できる環境ではない。ましてや都市など。

だが隊長は真剣そのものだった。


「人口推定三万人以上」


「……なに?」


初めてゼルバルトの表情が変わった。


三万人。


それは集落ではない。

都市国家規模だ。


「確かなのか」


「複数の斥候が確認しております」


その時、別の男が前へ出た。

斥候隊長だった。


「私からも報告いたします」


ゼルバルトは頷く。


「話せ」


「都市名は不明」


「続けろ」


「城壁を有する大型都市です」


「人数は」


「最低でも三万人」


「種族は」


斥候隊長は少しだけ迷った。

信じてもらえないかもしれない。

しかし見たものを報告するしかない。


「神狼族」


「……」


「竜人」


「……」


「エルフ」


「……」


「吸血鬼」


「……」


「アラクネ」


謁見の間が静まり返る。誰も口を開かない。

あまりにも異常だった。あり得ない。


本来なら共存などしない種族達だ。


特に吸血鬼と獣人。

竜人と魔族。


何百年も争い続けた種族である。


「間違いではないな?」


ゼルバルトの声が冷たくなる。


「ありません」


「本当に仲良く暮らしていたのか」


「はい」


斥候隊長は顔をしかめた。

正直に言えば不気味だった。


獣人の子供。

エルフ。

竜人。


それは彼にとって異様な光景だった。


「気味が悪いほどです」


その言葉に重臣達も頷く。

南部の亜人達は分断されているから脅威ではない。

それが人類側の常識だった。


しかし、もし団結したら話は別になる。

ゼルバルトは机を指で叩いた。


「誰が率いている」


「不明です」


「国旗は」


「確認済みです」


斥候が羊皮紙を差し出した。

そこに描かれていたのは見知らぬ紋章だった。


夕暮れの空。

一本の大樹。

その下に築かれた城塞。


ゼルバルトの眉が動く。


「国名は分かったか」


「住民の会話から一つだけ」


「何だ」


「黄昏の箱庭」


その名を聞いた瞬間。

謁見の間に沈黙が落ちた。

誰も聞いたことがない。人類国家の記録にも存在しない。南部勢力にも該当しない。

完全な未知の国家だった。


「いつから存在している」


「不明です」


「周辺の獣人達は?」


「接触を開始しているようです」


ゼルバルトの目が鋭くなる。

そこだった。最も重要なのは。

都市が存在することではない。

巨大な都市が南部勢力をまとめ始めていることだった。


「放置は危険だな」


誰かが呟いた。

誰も反論しない。


もし獣人達が団結したら。もし竜人が加わったら。もし魔族まで参加したら。


将来確実に脅威になる。


ゼルバルトは立ち上がった。


「討伐軍を編成しろ」


その言葉に重臣達が頭を下げる。


「規模は」


「三千」


斥候が顔色を変えた。


三千。


辺境侯国でも大規模遠征軍だ。


「周辺集落も調査対象に加える」


「掃討もですか?」


「当然だ」


ゼルバルトは即答した。


「種は芽吹く前に潰す」


その一言で決まった。


黄昏の箱庭討伐作戦。


そして、周辺亜人集落掃討作戦が。


その頃。

黄昏の箱庭では。


「主様おはよーございます!」


フィアが元気良く飛び込んできた。

朝からうるさい。

悠真は思わず苦笑する。


「朝っぱらから元気だな」


「元気です!」


「そうか」


窓の外を見る。

市場が動いている。

職人が働いている。

農業区では朝から収穫作業が始まっている。


昨日助けた三兄妹も少しずつ街へ馴染み始めていた。


平和だった。少なくとも今は。


「主様」


フィアが少し真面目な顔になる。


「どうした」


「周辺集落の調査報告が来てる」


「集落?」


「うん」


資料を受け取る。

そこには周辺の獣人集落の位置が書かれていた。


人口五十人。

百人。

二百人。


どれも小規模だ。そしてどこも生活環境が悪い。

悠真の眉がひそむ。


「酷いな」


「かなり」


フィアも頷いた。


「食料も足りてないらしい」


悠真は資料を見続ける。

助けられるだろうか、保護できるだろうか。

そんなことを考えていた。


その時点では知らない。

自分が助けた三兄妹。見逃した兵士達。そして辺境侯国。

その全てが繋がり始めていることを。

南部の空には静かに暗雲が集まり始めていた。


そしてその嵐は。

もうすぐ黄昏の箱庭にも届こうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。