↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/74

第七話 風牙の集落

黄昏の箱庭へ三兄妹を迎えてから四日後。


中央塔の会議室で、悠真は山のような報告書と格闘していた。

転移した直後は分からなかったが、三万五千人を超える住民を抱える都市を運営するというのは想像以上に忙しい。


農地の管理

住民区画の整備

工房の稼働状況

防衛体制

周辺調査


何一つとして楽な仕事はなかった。


「世界一の国家運営ゲーム優勝者でも実務は別か……」


思わず愚痴が漏れる。

ゲームでは数字だったものが、今は全て人の生活になっている。

報告を受けるたびにその重みを痛感した。

そんな中、レイナが一枚の羊皮紙を差し出した。


「周辺集落の最新調査です」


悠真は目を通す。

そこには黄昏の箱庭周辺に存在する小規模集落の位置情報が記されていた。


大半は獣人の村。

人口は五十人から二百人程度。

どこも小さい。そしてどこも貧しい。


「この風牙の集落っていうのは?」


「獣人の混成集落です」


レイナが答える。


「人口六十三名」


「六十三人か……」


小さすぎる。

村というより共同体に近い人数だった。

フィアが地図を覗き込んだ。


「ここ知ってる!」


「知ってるのか?」


「行ったことはないけど有名だよ」


フィアは説明する。


「犬族と狐族と兎族が多い集落だったはず」


フェンリスも頷いた。


「聞いたことがあります」


「獣人が集まって暮らしてるのか?」


「神狼族だけでは種族を維持できません」


そう答えたのはラグナだった。

意外な返答に悠真は少し驚く。


「獣人ってそんなに分かれてるのか」


「かなり」


レイナが答えた。


「犬族、狼族、狐族、猫族、兎族、豹族、虎族、鹿族、熊族、獅子族など」


「多いな」


「元々は別々の種族です」


そう言われると納得した。

耳と尻尾があるからまとめて獣人と認識していたが、実際には人間とエルフくらいの違いがあるのかもしれない。


「一度行ってみるか」


悠真の提案に反対は出なかった。


翌日。

悠真達は風牙の集落へ向かった。


メンバーは前回と同じ。

フェンリス、フィア、ラグナ、レイナ、そして悠真。


荒野を進みながら、悠真は周囲を見渡す。

相変わらず過酷な土地だった。ところどころに枯れた木々が立っている。

かつて川だったらしい干上がった川床も見えた。

途中、崩壊した小規模集落の跡もあった。


石造りの家屋

焼け焦げた柱

半ば埋もれた井戸


「ここも村だったのか……」


悠真が呟く。

フィアが静かに頷いた。


「多分」


「多分?」


「なくなるの珍しくないんだって」


その言葉が重かった。


村がなくなる。


日本で生きていた悠真には現実感のない言葉だった。

しかしこの世界では違う。実際に起きていることなのだ。


数時間後。

目的地が見えてきた。

木製の柵で囲まれた小さな集落だった。

黄昏の箱庭と比べるのが失礼なほど規模が違う。


人口は六十人ほど。


なるほど、その程度にしか見えない。


「……厳しいな」


悠真が漏らした。

畑は痩せている。家屋も老朽化している。井戸は一つしかない。

これでどうやって生活しているのか不思議なほどだった。


村人達はすぐに悠真達へ気付いた。

ざわめきが広がる。


警戒

不安

そして恐怖


武器を持った者達が集まってくる。

だがその中には統一性がなかった。


犬耳の青年

狐耳の女性

兎耳の老人

猫耳の少年


様々な獣人が混在している。

そして全員が痩せていた。


「本当に混成集落なんだな」


悠真の呟きにレイナが答える。


「昔は違ったそうです」


「昔?」


「今ほど状況が悪化する前は、同種族だけの集落が多かったそうです」


「今は?」


「生き残るためです」


簡潔だった。

つまり単独では生存できなくなった。だから種族を超えて集まっている。

そういうことらしい。

その時だった。


「神狼族……?」


村人の一人が呟く。

視線がフェンリスへ集まった。

銀髪、白い狼耳、赤い瞳。

彼らの間では伝説にも語られる神狼族の特徴。

ざわめきが広がる。


「本物か……?」


「初めて見た……」


子供達まで集まり始めた。

そこで一人の老人が前へ出る。白い犬耳を持つ犬族だった。年齢は八十を超えているだろう。

だが足取りはしっかりしている。

老人はフェンリスを見上げた。


「久しいな、神狼族」


フェンリスが少しだけ首を傾げる。


「会った記憶はありません」


「だろうな」


老人は笑った。


「ワシもお前さんを知らん」


周囲が不思議そうな顔になる。


「だが神狼族だということは分かる」


そう言って老人は頭を下げた。


「風牙の集落代表、ガドだ」


犬族の長老。

この小さな集落を率いる人物だった。

悠真も名乗る。


「悠真だ」


「歓迎しよう」


その夜、悠真達は村へ招かれた。

夕食の席についた時、悠真は内心で衝撃を受けた。

量が少ない。あまりにも少ない。


薄いスープ

硬いパン

干し肉が少し


それだけだ。

しかも恐らく、自分達へ優先して出している。

ガドは気にした様子もなく笑った。


「粗末なもので申し訳ない」


「いや……」


悠真は言葉に詰まる。

村人達を見る。


犬族

狐族

猫族

兎族


皆痩せている。

だが愚痴は聞こえない。文句も言わない。

ただ静かに食事をしていた。


「今はこれでもマシになった方だ」


ガドが言う。


「去年はもっと酷かった」


「そんなにか?」


「人口は百人を超えていたからな」


悠真の手が止まる。

現在六十人。つまり四十人近く減ったことになる。


「病気か?」


「飢えだ」


当たり前のように返された。


「あとは奴隷狩り」


食堂が静まり返る。


「子供を攫われた家もある」


今度は誰も笑わなかった。

獣人三兄妹がいた。あの子たちもそうだった。

つまり珍しい話ではない。日常なのだ。


悠真は拳を握った。

この世界に来てから何度も感じる。

価値観が違う。常識が違う。

守られるはずの人間が守られていない。


夜になり、悠真は一人で村を見て回った。

家々から少ない灯りが漏れている。


どこも貧しい。

どこも苦しい。

それでも生きている。


その時、隣にフェンリスがやって来た。


「眠れないのですか」


「少しな」


悠真は苦笑する。

そして村を見る。


「フェンリス」


「はい」


「こういう村って多いのか」


フェンリスはすぐには答えなかった。

しばらく村を見つめてから言う。


「この程度ならまだ良い方です」


悠真は絶句した。

まだ良い方。

それはつまり。

もっと酷い場所があるということだ。


「主」


フェンリスが静かに言った。


「このままでは数年と持ちません」


「……」


「この村だけではありません」


風が吹く。静かな夜だった。

だがその静けさの向こうで。

グラディス辺境侯ゼルバルト・グラディス率いる討伐軍は着実に準備を進めていた。

そしてその矛先は。

まだ何も知らない、この小さな村にも向けられようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。