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第十七話 新しい風

南方会談から七日後

黄昏の箱庭はかつてないほど忙しくなっていた。


王城、執務室。

その机の上には大量の書類、書類、書類、さらに書類。


悠真は静かに現実逃避していた。

窓の外を見るとそこは青空でとても綺麗だった。


だから現実へ戻りたくなかった。


「陛下」


声が掛かる。

リリアーナだった。


逃がしてくれない現実に悠真はゆっくり振り返った。


第三軍団長は優雅な笑みを浮かべていたが手には分厚い書類の束がある。


嫌な予感しかしない。


「何それ」


「南方同盟関連の最終確認書類です」


「何枚ある?」


「二百四十三枚です」


悠真は天井を見上げた。


現実は残酷だった。



南方同盟成立によって各国との交流が一気に始まった。


まず獣王連邦

南方街道の整備が始まっている。


黄昏の箱庭が持つ農業技術、灌漑設備、穀物品種、それらが少しずつ南へ運ばれていた。

その代わり獣王連邦からは家畜や毛皮が送られてくる。


ゴドリックは約束を守った、そして悠真も守った。


信頼はこうして築かれていく。



ドワーフ王国も動いていた。

技術者達が移動を始めている。


黄昏の箱庭へ鉱山技師、鍛冶職人、魔導具技術者、様々な人材。

その受け入れ窓口を担当しているのは第四軍団だった。


ミレイアは嬉しそうである。

何故なら研究者が増えるから。クロエはもっと嬉しそうだった。


共同研究の計画書を十七本提出したらしい。


処理担当を一手に担うオルフェが泣いていた。



竜人王国も同様だった。

こちらは物資よりも交流。


飛竜騎士、山岳技術、希少鉱石、そうした物が流れ始める。


ただし別の問題も発生していた。


王城の廊下レイナが深いため息を吐く。

目の前には手紙。


差出人は竜王ヴァルキリア。


内容はいつもと同じ。

それが昨日も来た、一昨日も来た、その前も来た、今日で八通目。


レイナはそっと机へ額をぶつけた。


「ですよねぇ……」


予想していた、完璧に。

しかし現実になると胃が痛い、非常に痛い。



その頃

ラグナ本人は訓練場にいた。


いつも通りだった、木陰で昼寝している。平和そのもの。


そこへフィアがやって来る。


「ラグナ様ー」


「何だ」


「お手紙」


ラグナは受け取り中を見る。


数秒


首を傾げた。


「何故俺に送ってくる」


フィアは大笑いした。


「分かってない!」


完全に分かっていない。

レイナは遠くで頭を抱えた。



エルフ自治領との交流も始まっていた。

アルヴェインは慎重だった。


だが確実に少しずつ、森の民達が黄昏の箱庭を訪れている。

植物研究、薬学交流、森の保全技術。


エルシアは忙しかったが、どこか楽しそうだった。


久し振りに未来へ向かう話が多いからだ。



夕方。

第五軍団本部。

エルシアとオルフェが資料整理をしていた。


机の上には伝承記録、獣王連邦、ドワーフ王国、魔族領、エルフ自治領、各国から集めた古文書が並んでいる。


その数は百を超えていた。

オルフェが眼鏡を押し上げる。


「おかしいですね」


エルシアが顔を上げる。


「何がですか?」


オルフェは資料を指差した。


一枚、また一枚、さらに一枚。


全て別の国、別の記録、別の時代なのに共通点がある。


「花の賢者の記録です」


静かな声だった。


「全て同時期なんですよ」


エルシアの瞳が揺れる。


「同時期……」


オルフェは頷いた。


「誤差はあります、ですが数十年以内に集中している」


記録を並べる。


獣王連邦、花の賢者来訪

ドワーフ王国、花の賢者来訪

魔族領、花を携えた旅人

エルフ自治領、未来を語る女性


あまりにも全てが似ている、偶然ではない。


エルシアは静かに資料を見つめた。

胸が苦しい、そして少しだけ嬉しい。


「アステリア様……」


小さく呟く。


もう疑っていなかった。アステリアは南方を回った。


一国ではない、全ての国を何百年も前に。


そして何かを遺した。



その夜

王城屋上

悠真は夜空を見上げていた。風が吹く、穏やかな夜だった。


そこへリリアーナが現れる。

珍しく書類を持っていない。


「どうかしましたか?」


リリアーナが尋ねる。

悠真は空を見る。


南の空

獣王連邦、ドワーフ王国、竜人王国、魔族領、エルフ自治領。


短い旅だった、だが得たものは大きい。


「少し安心した」


本音だった。


「皆同じだったから」


リリアーナは微笑む。


意味が分かっていた。

獣人も、ドワーフも、竜人も、魔族も皆生きようとしていた、守ろうとしていた。


ただそれだけだった。


「陛下らしい感想ですね」


リリアーナは言う。


「そうかな」


「そうですよ」


そして少しだけ真面目な顔になった。


「ですが」


悠真も表情を引き締める。

リリアーナがこういう顔をする時は大事な話だ。


「南方がまとまった以上」


夜空を見上げる。


「必ず動く者たちがいます」


風が吹く、静かだった。だがその言葉は重い。


力が集まれば警戒する者も現れる。それは当然だった。


南方同盟は希望だ、だが同時に脅威とも見られる。



遠い北方。人類圏。

まだ何も起きていない、だが確実に何かが動いている。


南方同盟成立

黄昏の箱庭の台頭


それらの噂は少しずつ広がっていた。


悠真はまだ知らない。


これから対峙することになるであろう者たちが、既に彼らへ注目し始めていることを。


そして五百年前から続くアステリアの計画もまた、次の段階へ近付きつつあることを。


新しい風は吹き始めた。誰にも止められないほど大きく。


静かに、確実に世界を動かしながら。


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