第十五話 魔王の憂鬱
夜霧魔族領へ到着して三日目
悠真はようやく理解した。
魔族領が抱えている問題は想像していたものと全く違う。
朝
魔王城
執務室
分厚い扉を開けた瞬間に書類が雪崩のように崩れた。
机に積み上がっていた書類の山が傾き床へ落ちた。
バサバサバサッ!!
大量の紙束が散らばる。
フィアが飛び跳ねた。
「うわっ!」
クロエが無言で数枚拾う。
ノワールも黙って回収する。
そして、書類の奥から疲れ切った顔のアザゼルが現れた。
「……おはようございます」
死んだ目だった。
完全に。
悠真は思わず聞く。
「寝た?」
アザゼルは少し考えた。
真面目に、本当に真面目に。
そして答える。
「三時間ほど」
短い、短すぎる。
はやりのショートスリーパーか、と心の中で突っ込んでしまった。
フィアが引いた。
「少なっ!」
アザゼルは肩を落とした。
「増税案の修正と、農地再編計画と、物流路整備と、冬季食糧備蓄計画をやっていました」
誰も何も言えない。
想像していた魔王と違い過ぎる。
しばらくして悠真たちは城の会議室へ案内された。
今回は正式な会談だった。
南方最後の国家
魔族領
ここでの結果は大きい。
そして悠真には聞きたいことがあった。
人口問題
減少する種族
アステリアの記録
その全てに繋がる情報がある気がした。
会議が始まるとアザゼルは資料を広げた。
その瞬間、オルフェの表情が変わる。
学者の顔になった、数字が並んでいる。
人口推移、食糧生産量、出生率、死亡率、移民数の統計だった。
アザゼルが静かに口を開く。
「隠しても意味がありませんので現状をお見せします」
淡々と事実だけを語る声。
「魔族は減っています」
静寂
誰も驚かない、分かっていた。
獣人も、ドワーフも、減っていた。なら魔族も同じだろう。
しかし問題はそこからだった。
アザゼルは続ける。
「獣人ほどではありません、ドワーフほど深刻でもありません、ですが確実に減少しています」
指が資料の数字を示す。そこには明らかな下降線があった。
緩やかだが、確実に少しずつ何十年も続いている。
悠真は黙って見る。
観測記録にあったあの数字、あの人口推移の全て本当だった。
アステリアは間違っていなかった。
アザゼルは窓の外を見る。
霧に包まれた王都、その先に広がる国家、守るべき人々。
「戦争ならまだ楽でした」
ぽつりと呟く。
その言葉に悠真は顔を上げる。
アザゼルは苦笑した。
「敵が見えますから」
静かな声だった。
「ですがこれは違う、何が原因なのかどこから狂ったのか、誰にも分からない」
部屋が静まり返る。
アザゼルは疲れていた、その理由が少し分かった。
戦争ではない、災害でもない、ただ少しずつ種族が減っている。
それだけだった。だから対処が難しい。
「私たちは絶滅したくない」
アザゼルの声は小さい。しかしその言葉はとても重かった。
獣王ゴドリック
炎鉄王ドゥルガン
そしてアザゼル
言葉は違う、性格も違う、だが結局皆同じだった。
生き残りたい、ただそれだけ。
悠真は改めて理解する。
南方諸国は人類へ復讐したいわけではない、戦争したいわけでもない、生き残りたいだけなのだ。
会談はその後も続いた。
交易、技術交流、人材交流、様々な議題が上がる。
だが途中でアザゼルがふと思い出したように言った。
「そういえば」
エルシアの耳が反応する。
今回の旅で学んでいた、その言葉の後には大抵アステリア関連の何かがある。
アザゼルは資料棚へ向かうと古い箱を持ってくる。
かなり古い、木材も色褪せている。数百年は経っていそうだった。
「魔王家に伝わる記録です」
箱を開く、中には冊子、そして数枚の紙。
エルシアの胸が高鳴る。
ゆっくりとページが開かれるとそこに書かれていたのは花の紋章。
静寂
誰も喋らない。
桜に酷似した意匠、エルシアは震える指で紙へ触れた。
アステリア
まただ。獣王連邦にもあった、ドワーフ王国にもあった、そして魔族領にも。
アザゼルは記録を読む。
「花を愛した旅人、各地を巡った賢者、争いを嫌い、知識を遺した者」
どこかで聞いた内容だった。
しかし一つだけ違う。魔族側の記録だけが残していた言葉にアザゼルは少し首を傾げる。
不思議そうに。
「妙なのです」
そう呟いた。
「何がですか?」
悠真が尋ねる。
アザゼルは記録の一文を指差した。
短い、だが妙に重い。
未来
準備
アステリアの行動と繋がる、エルシアも気付いていた。
五百年間、あの人は何かを準備していた。
それだけは確実だ。
夜
会談は終了した。
窓の外では霧が濃くなっている、街の灯りがぼんやり揺れていた。
悠真はバルコニーへ出る。
冷たい夜風、静かな時間だった。
そこへアザゼルがやって来る。手には書類、まだ仕事する気だった。
悠真は思わず呆れる。
「休めよ」
アザゼルは苦笑した。
「休みたいのですが」
視線を空へ向ける。
「王という立場は」
少しだけ疲れた声で続けた。
「中々そうさせてくれません」
その言葉に悠真は苦笑した。
それはよく分かる、本当に・・・・嫌になるほど。
二人はしばらく夜空を見上げていた。
種族は違う、生まれも違う、だが王として抱える悩みは案外似ていた。
翌朝
ついに南方全首脳会談の日程が決定する。
獣王ゴドリック、炎鉄王ドゥルガン、竜王ヴァルキリア、魔王アザゼル、そして黄昏の箱庭の王。
南方の未来を決める会談
アステリアが五百年前から残し続けた足跡
その先にある何か、悠真達は確実にそこへ近付いていた。




