第十三話 竜王の恋
決闘から一日
竜人山岳王国は異様な盛り上がりを見せていた。
理由は単純、竜王ヴァルキリアが敗北したからだ。
しかも、圧倒的な実力差を見せ付けられて。
真正面から完敗した。
それは竜人達にとって衝撃だった。
何故ならヴァルキリアは最強だったからだ。
竜人山岳王国建国以来、最強の竜王と言われてきた。
戦場で負けたこともない。
決闘で膝をついたこともない。
まさに生きる伝説、その存在が敗れた。
だから王都中でその話題が飛び交っていた。
「昨日の戦い見たか?」
「あれは反則だろ」
「黒竜王って何だよ」
「最後の拳見えたか?」
「無理だ」
「俺も見えなかった」
兵士達も、騎士達も、職人達も全員が同じ話をしている。
しかし、そんな周囲の騒ぎとは別にさらに大きな変化が起こっていた。
王城中庭
悠真達は朝食を終えていた。
今日は正式な会談がある。
本来ならそれが重要だ。
重要なはずだった。
だが、遠くから見覚えのある姿が近付いてくる。
白銀の髪、黄金の瞳、竜王ヴァルキリア。
昨日の戦いの主役。
問題は、向かっている方向だった。
真っ直ぐ、一直線にラグナへ向かっていた。
悠真は嫌な予感を覚える。
レイナは既に顔を覆っていた。
始まったという顔だった。
「ラグナ」
ヴァルキリアが声を掛ける。
ラグナが振り返り答える。
「何だ」
いつも通り、特に変化はない。
しかしヴァルキリアの方は違った。
明らかに機嫌が良い、物凄く良い。昨日からずっと。
フィアが小声で悠真へ聞く。
「ねぇ、なんであんなにご機嫌なの?」
悠真は答えられなかった。分かっている、だが認めたくない。
そんな気分だった。
「朝食は食べたか?」
ヴァルキリアが聞くとラグナは頷く。
「食った」
「何を」
「肉だ」
「そうか」
嬉しそうだった。
会話は終わった。本当に終わった。
だが、ヴァルキリアはその場から動かない。
ラグナも気にしていない。
フィアが首を傾げる。
「何してるの?」
レイナが遠い目をした。
「分からなくていいです」
疲れ切った声だった。
会談室
正式会談が始まる
参加者は。
黄昏の箱庭のメンバーと竜人側の重鎮たち。
今回は真面目な話だ。
南方の未来、交易、技術交流、国交、大切な話し合い。
のはずだった。
ヴァルキリアが話している時。視線が時々ラグナへ向く。
また向く。
さらに向く。
レイナだけが気付いていた。完全に気付いていた。
胃が痛いもの凄く。
会談自体は順調だった。
竜人王国は獣王連邦ほど貧しくない、ドワーフ王国ほど人口減少も深刻ではない。
だが問題はある。
食料不足、居住地不足、急峻な地形による物流問題。
どれも簡単には解決できない。
れでも、黄昏の箱庭との交易は魅力的だった。
特に農産物と生活物資。
竜人王国側にも大きな利益がある。
結果として交渉は驚くほどスムーズに進んだ。
一番驚いているのは悠真だった。もっと難航すると思っていた。
しかしヴァルキリアはほぼ即決だった。
「良い」
「認める」
「やろう」
話が早い。異常に早い、本当に話を聞いているのかと疑ってしましたくなるほどに。
会談終了後
王城の回廊
レイナは壁にもたれていた。
精神的に疲れている。
そこへ悠真が近付く。
「大丈夫か?」
レイナは答えない。
数秒
そして小さく呟いた。
「陛下」
「何だ」
「面倒なことになりました」
やはりか。悠真はそう思った。
レイナは頭を押さえる。
「絶対になりました」
断言だった。
ラグナの性格、ヴァルキリアの気質、それぞれを考えた時に竜人でありラグナの部下であるレイナが間に入って苦悩する未来を考えると、胃痛が止まらなかった。
王城訓練場
ラグナが一人で座っていた。
特に何もしていない、空を見ているだけ。
するとヴァルキリアが現れると当然のように、隣へ座る。
ラグナは気にしない。
ヴァルキリアも気にしない。
数秒の沈黙
静かな風だけが吹いている。
やがてヴァルキリアが口を開く。
「楽しかった」
昨日の戦いの話だった。
ラグナは頷く。
「そうか」
短い、いつも通り。
しかしヴァルキリアは笑う。
それだけで十分だったらしい。
高台からその光景を見ている者達がいた。
フィア、エルシア、そして悠真。
「仲良くなったね」
フィアが呟く。
悠真は何とも言えない顔をする。
エルシアだけが少し笑った。
全部分かっている顔だった。
「そうですね」
優しく答える。
第五軍団時代にこういう話を何度も見てきた。だから、ヴァルキリアの視線の意味も何となく分かる。
その日の夕方
竜人王国との正式な友好が締結された。
獣王連邦、ドワーフ王国、そして竜人王国。
着実に仲間が増えている。
黄昏の箱庭は少しずつ南方へ根を張り始めていた。
夜
王城のバルコニー
ヴァルキリアは一人で夜空を見ていた。
冷たい山風が吹く、遠くで竜人達の灯りが輝いている。静かな夜だった。
昨日までとは少し違う。心の中が、妙に温かい。
負けた、完璧に負けた。それなのに不思議と嫌ではない。
むしろもっと知りたいと思っている。
黒竜王ラグナ
あの男のことを。もっと。
その頃
ラグナは客室で普通に寝ていた。何も気付いていない、本当に何も。
翌日
黄昏の箱庭一行は魔族領へ向かう。
そしてレイナの胃痛はさらに悪化した。




