第十二話 天空の覇者
翌日
竜人山岳王国の空は雲一つなかった。
どこまでも青い、澄み切った空。
そして、天空城塞のさらに上、山々に囲まれた巨大な天然闘技場。
そこが決闘の舞台だった。
断崖絶壁
切り立った岩山
遥か下には雲海
落ちればまず助からない、人間なら立つことすら難しい場所。
だが、今日ここへ集まった者達にとっては違った。
数千人の竜人達が見守っている。
老若男女問わず、戦士も、職人も、子供も。
皆が空を見上げていた。
伝説、神話
その再現を期待して。
悠真達も観客席の一角にいた。
フィアは落ち着かないのか尻尾が忙しく左右へ揺れる。
「本当にやるんだね……」
少し不安そうだった。
ラグナは強い。
もちろん知っている。
だが、相手も竜王だ。
この国の頂点
何が起きるか分からない。
レイナは既に諦めていた。
静かに遠くを見る、悟りを開いた坊主のような顔だった。
「止めても無駄でしたから」
精神的に疲れている。昨日からずっと。
悠真も苦笑するしかなかった。
闘技場中央
ラグナが立っている。
いつも通り、無表情で腕を組んだまま。
緊張感は無い、肩の力すら入っていない。
一方、反対側
ヴァルキリアがいた。
白銀の髪が風に揺れる。黄金の瞳、口元には笑み、隠しきれない高揚。
何年振りだろうか、これほど心が沸き立つのは、胸が躍っている。
「ラグナ」
静かな声。
風の音の中でもはっきり聞こえた。
ラグナが顔を上げる。
ヴァルキリアは笑った。
「本気で来い」
ラグナは首を傾げる。
そして。
「死ぬぞ」
真顔だった。
煽りではなく事実だった。
ヴァルキリアは嬉しそうに笑う。
心底楽しそうに。
「なら死なぬよう頑張ろう」
完全に戦闘狂だった。
レイナが頭を抱えた。悠真も同意見だった。
開始の合図は無かった。
必要ない、二人とも理解している。
つぎの瞬間、空気が変わった。
ピシリ
空間が軋み、膨大な魔力が膨れ上がる。
竜王同士
その存在だけで周囲の魔力が荒れ始める。
観客席が静まり返り誰も喋らない。
息を呑む。
そして、ヴァルキリアが消えた。
爆音。
ドォォォォォン!!
一瞬で大地が砕けた。
誰も見えない。
神域
そんな言葉が似合う速度。
ヴァルキリアの槍がラグナの頭部を狙う。
しかし。
ガキィン!!
ラグナは片手で受け止めていた。
槍の穂先、それを手で掴んでいる。
観客席がどよめく。
信じられない光景だった。
ヴァルキリアですら瞳を見開く。
だが、すぐに笑った。
「素晴らしい!」
さらに踏み込むと槍が暴れる。
突き、薙ぎ払い、連撃、嵐だった。
地面が割れる。
岩が砕ける。
空気すら裂ける。
猛烈な攻撃
ラグナは避ける、受ける、流す。
冷静だった。
圧倒されない、飲まれない、まるで大樹だった。
嵐が吹こうが揺るがない絶対的な安定感。
ヴァルキリアは興奮していた。
強い、本当に強い。
これだ、これを求めていた。
誰も届かなかった、誰も並ばなかった、だから退屈だった。
だが違う、目の前の男は違う。
圧倒的
底が見えない。それが嬉しかった。
「ハァッ!」
叫ぶと同時に魔力解放。
黄金の光が噴き上がる。
次の瞬間、空が揺れた。
ヴァルキリアの背中から巨大な翼が出現する。
完全戦闘形態
観客席が歓声を上げる。
竜人達の王
天空の覇者
その本気だった。
ラグナは小さく息を吐く。
そして、初めて腕を下ろした。
それだけで空気が変わった。
悠真が息を呑む。
知っているこの動作を、ラグナが本気を出す前の動きだ。
「来い」
短い一言。
ヴァルキリアが笑う、そして突撃。
音速を超える。
いや、そんな次元ではない。
衝撃波が山を削る。
岩盤が砕け散る。
槍が閃く。
同時にラグナが拳を振るう。
ゴォォォォォォン!!
天地が揺れた。
激突
空気が爆発する。
周囲の岩山が崩壊する。
観客席から悲鳴が上がる。
戦いではない、自然災害だった。
そして。
決着は突然訪れた。
ヴァルキリアの槍
ラグナの拳
再び激突。
その瞬間。
パキリ
小さな音がした。
ヴァルキリアだけが気付く。
槍だ、愛槍に亀裂が入っている。
次の瞬間、ラグナの拳が目前まで来ていた。
避けられない、間に合わない。終わった。
そう思った。
しかし拳は止まった。
寸前
鼻先、あと数センチ。
そこで完全に止まる。
静寂
風だけが吹いていた。
ヴァルキリアは何も言えなかった。
負けた、完全に理解した。
実力差、圧倒的だった。
今まで戦ってきたどんな相手よりも強い。
目の前の男は、本当に。
ラグナは拳を下ろした。
「終わりだな」
いつも通りの声。
それだけ。
勝ち誇りもしない、煽りもしない、当然のように言った。
それが余計に格好良かった。
ヴァルキリアはしばらく呆然と立っていた。
そして、突然大笑いした。
「ははははははっ!!」
空へ響く。
心の底から楽しそうだった。
負けたのに嬉しい。負けたからこそ嬉しい。
そんな気持ちは初めてだった。
観客席
レイナが頭を抱える。
嫌な予感がした、もの凄く。
長年の経験が告げている。
危険だ。別の意味で。
フィアは首を傾げる。
「どうしたの?」
レイナは遠い目をした。
「いえ……たぶん面倒です」
意味不明な返事だった。
しかし、その予感は正しかった。
何故なら、闘技場中央でヴァルキリアがラグナを見ていた。
ずっと楽しそうに、嬉しそうに、目を輝かせながら。
まるで宝物を見つけた子供のように。
こうして戦いは終わった。
黒竜王ラグナの勝利
だが、それ以上に。
竜王ヴァルキリアの心へ大きな爪痕を残した戦いだった。
そして翌日その影響でレイナの胃痛がさらに悪化することを、まだラグナ本人は知らなかった。




